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2004年8月

2004年8月27日 (金)

術後27日目

Y君に抗がん剤治療を受けたい旨、伝えました。Y君は、父上の副作用のひどさを見ているので、あの状態に私がなることに反対している。結局、抗がん剤の効果もなく、父上は亡くなったし。

「なにか障害が残ったとき、なんで止めなかったんだと僕は後悔する」と。

ありがたい。「副作用から回復できる、大丈夫だと言ってあげる自信がない」普段口数が少ないけど、私が病気になってから、心の中では相当考えてくれてたんだ。

自分の命は自分のものだと思ってきたが、はじめてそうではないことを知った。

「私はまだ生きたいし、自分の選択に後悔したくない。自分の命は自分で責任をとりたい。」そして、最終的には合意してくれた。

30日にはかちゃんに宣戦布告をすることになっている。「初志貫徹だね」とか言われそう。

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2004年8月23日 (月)

術後24日目

病理の結果がでた。

癌の顔つきはややブス(Ⅱ)。細胞の分化度、くずれ具合はやや悪ってこと。リンパ節転移は0/22。腫瘍の大きさは、エコーと全く違うことに。全長は短くなっていたが、体積は増えている。第一、形が全く違う。ヒモ状のものといわれていたのがピンポン球に。イスからずり落ちそうになった。ステージはⅡ-a。年齢的も考えると、総じて、かなりのハイリスクグループになる。

細胞針検査を受けると癌細胞が活性化するので、早めに切ったほうがよいという噂がある。形が変わったのもそのせいだろうか。(はかちゃんは絶対そんなことないっていうだろうけど。)仕事の引継ぎのために1週間術日を伸ばしたのは。。。などと考えても仕方がない。事実は事実として受け止め、これから自分で何ができるか、何をするのがベストなのかを考えなければならない。

ホルモンリセプターは陽性(50-60%)。ER(+)、PgR(-)。つまり、私の癌細胞の半分は女性ホルモンに反応して増えるというわけだ。

癌の種類は粘液癌。いわゆる特殊癌。最初、はかちゃんの説明が「めんえきがん」と聞こえ、「はああああ?めんえきがん?」と叫んでしまった。終わったと思ったよ。スキルス性みたいなものかと思った。

特殊癌、2%しか存在しない超希少種。持ち主同様、癌まで個性的。どうりで、最初の病理の結果に「粘液状の膜の中に・・・」という記述があったわけだ。

NEW管内に癌細胞ができるNEW癌は、胃癌や大腸癌などと違った独自の成因過程を経て成長する。ところが、粘液癌は、大腸癌などにもみられる癌の種類だ。ということは、私の場合、たまたま癌ができた場所がNEW房だったというだけのこと。NEW管内に発生した癌の94%は侵潤癌。早期の段階から体中に飛び散る特徴を持っている。そんな部位にできた特殊癌って、、、まさに“ちっちきちー”か“こまんたれぶー”だ。

作家の岸本葉子さん(大腸癌)も粘液癌。岸本さんも粘液癌の特性を調べたらしく、「若い人に多い。進行が早く、薬が効きにくい」と言われているのをみて落ち込んだと書いている。千葉敦子さんの本には「かなり大きくなることもあるが、予後は大変に良い」とある。ここは千葉さんの記述を信じたい。そして今後の治療方法。

「抗がん剤はやらずにホルモン療法でいく」

これにはびっくり!本人はすっかり抗がん剤を受ける気まんまんなのに。抗がん剤は卵巣など生殖機能に大きなダメージを与える。はかちゃんは、私の出産への可能性を残そうとしてくれたのだ。また、抗がん剤の副作用や効力の限界も良く知っている。

「数学のテストで93点とった人が95点にする程度の効果しか期待できない」とのこと。ただ、自分のリスクをどれだけ縮めたいかは、本人次第なので、やりたいというなら止めない。

入院中知り合った人はみんな抗がん剤入院だったので、抗がん剤治療が標準治療だと思っていたが、決してそうではないことを知った。はじめてはかちゃんに会ったときに言われた「これから治療方法を決めていくときに、自分の人生について色々考えて、決めていかなければならないことがある」と言ってたのはこういうことなのだ。

Y君は父上(上咽喉癌)の抗がん剤治療・副作用を目の当たりにしているため、私が抗がん剤を受けることには大反対。「日常生活に支障を与えてまで、効くか効かないかわからないものをやることはない」「持病を増やすようなもの」だと。

確かに抗がん剤は毒薬だ。治療直後の嘔吐・脱毛だけでなく、味覚異常や嗅覚異常、しびれなど一生ものの機能障害を負ってしまう可能性もある。また、腎臓や肝臓、骨髄の造血機能や生殖機能にも大きな負担をかける。これが、抗がん剤をやると寿命が10年縮むといわれる所以だ。

「1週間待つからもう一度じっくりご家族の方と話し合って」

なんだか肩透かしをくらったような感じだ。診断のあと、Y君と別れ、退院が近いMちゃんの病室へ。結果を伝えると、「難しいよね。Y君やさしいから、体のこと思ってのことだよ。即決せずによく考えて。」とのアドバイス。

同室でお世話になったFさんは「あとで後悔しないように。あのときやっておけば良かったとか思いたくないでしょ。選択肢が増えたというより、生存率が上がったって考えるべき」とのアドバイス。

NEW癌の標準治療では、私の年齢・病理結果では、抗がん剤の投与が推奨されている。私はそれを信じたい。子供はあきらめなくちゃならないが、今は自分の命を大切にしたい。もっと生きたい。後で後悔したくない。だから、やれることはやっておきたい。体力があるうちに。

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2004年8月20日 (金)

術後21日目

リハビリ、超キツイ!!超ツライ!!痛い断端をこれでもかこれでもかって揉む。マジで涙がでたよ。

「ちょっと痛いかもしれないけれど、少し我慢してね。」

ちょっとだぁ??すげー痛い!!でも手加減なし!!45分間の刺激的マッサージが終わると、「ちょっと上げてみて」「あれ?あがる。痛くない!筋肉ロックがない!」魔法にでもかかった感じだ。そして

「断端が消えている!!」

本当に驚きだ。これなら痛くても我慢してやる。初日でかなりの問題が解決された。今日の成果が低下しないよう、1日3回5セット、こつこつ自分で続けよう。週1回のリハビリ外来は、かなり効果的。PTのN田ちゃんには悪いが、やっぱりベテランは違う。

Mちゃん、Iさんからメールがきた。お盆前後に停滞していた病理の結果がまとめてごっそり出たとのこと。私より手術が1週間遅いMちゃんの結果もでた。

Mちゃんは特異体質(アレルギー)なので、抗がん剤どころか、抗がん剤の前菜のステロイド剤からしてダメ。そのため、明日からホルモン療法をスタートさせる。「生理とはこれでお別れよ。ラッキー。」とのこと。

私より早く退院する予定だったIさんは、白血球数が2000をきってしまい、皮下注射のため2日間の延泊。2日後に検査をすると今度は血小板がアウトでまた延泊。翌日検査をすると今度は白血球数がアウト。まさにふんだりけったり。「早く退院しないと脱毛がはじまっちゃう!」と嘆く。

抗がん剤は正常細胞まで破壊する毒薬。その怖さ、難しさが、彼女の結果にも現れている。23日には、私の病理結果がでる。不安でいっぱいだ。

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2004年8月15日 (日)

術後16日目★退院

RIMG0442 本日退院。荷物は昨日、Y君にもって帰ってもらっていたのでほとんどなし。退院ついでに腕枕を買いに行きたい。お昼も美味しいランチが食べたい。ついでにお酒も飲みたい。

退院手続きを終え、お世話になった看護師さんたちに挨拶。その後、病院を後にして池袋まで地下鉄ででるものの、久しぶりの人ごみに恐れをなす。

「こえ~。なんかみんな目が血走ってる~。私もあんなんだったのね~。異常な世界だわ。」人とすれ違うのも、エスカレーターで右側を人がすり抜けていくのも怖い。実際、歩くと術ソウに響くし。それでも、

「やっぱり娑婆は良いぜ。」

入院生活はいろいろな人との出会いがあり、総じて楽しかった。ただ、たまにむかつく奴がいるのでストレスもたまる。娑婆もストレスたっぷりだが、それを発散したり防ぐ手立てがたくさんある。やっぱり娑婆は良い。

昼は自宅近辺まで戻って食べた。というのも、入院中お世話になった看護師Mさんの旦那が駅近くで居酒屋を始めたとの情報をGETしたため。昼もやっているということなので、運動がてら見物に行く。

前を通ると、カウンターメイン。ちょっと小さすぎて入りにくい。また来る機会はあるだろうと、結局別のイタリア料理屋へ。これが大あたり。美味しかった。久々のワインも。

「やっぱり娑婆は良いぜ。」しみじみ思った。

家に帰ってくると、千羽鶴が。義妹、義母、義弟が夜な夜な作ってくれたらしい。本当にこの家に嫁に来てよかった。Y君、本当にありがとう。2度でも3度でも結婚したいよ。

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2004年8月14日 (土)

術後15日目

CIMG0162 はかちゃんと相談して、23日の外来で病理の結果を聞くことになった。

ホルモンリセプター反応が陽性であることを祈るのみ。治療の手段・確率が少し上乗せできるから。

日程打ち合わせのあと、日常生活の注意点を聞いた。

  • 虫に刺されたときは?⇒腫れたらすぐに連絡。点滴をする。
  • お酒はいつからOK?⇒やけ酒、深酒は禁止(しねぇーよ)たしなむ程度はOK
  • お風呂はいつから?⇒まだダメ。傷口が完全にふさがるまで。
  • プールは?⇒お風呂といっしょ。まだダメ。
  • 家事は?今までどおり?⇒疲れない程度に。特に右腕は注意が必要。
  • 右側を下にした走り寝は?⇒良くない。寝ているうちにならないよう注意せよ。

腕は相変わらず上がらない。こつこつリハビリしていくしかない。虫刺されがダメなのは致命的。左だったら良かったのに。

本日退院予定のIさん。白球級数が2000をきってしまったので皮下注射の上、2日間の延泊に。抗がん剤の副作用・骨髄抑制が人より強くでるということで、次回からは70%濃度で行うことに。結局、私が先に退院することになった。

検温(朝)36.5度(昼)36.8度(夜)36.8度

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2004年8月13日 (金)

術後14日目

0813rihabiri癌友と出会った。IさんとMさん。Iさんは私より7歳年上。Mさんは5歳年上。

Iさんは私より2週間早く手術をした人で、引き続いて抗がん剤の1回目を受け、経過観察中。白血球数が2000以上あれば、今週の金曜日、私より1日早く退院する。

0809rihabiriIさんの仕事に対する責任感と意欲の強さには感服。私なんか、この病気になったこと、気がつかなかったことを、仕事のせいにし、しばらく忘れていたいぐらいなのに。仕事を恨んだほどだ。

Mさんは私の1週間後手術。本当は私の術日に予定されていたのだが、突然、1週間延期になったらしい。ぐげ、それ私のせいだ。私が1週間のばしたからだ。ごめん。Mさんの手術前後の話が笑えた。

最近、談話室で占い師のような格好をしたおばさんをみかけていた。水晶を目の前に置きたいくらい。精神ケアの一環として、病院で定期的に雇っていると思ったほどだ。それがMさんの母上。かなり個性派。

手術室に入る直前の娘に向かって「地獄をみてきな」といったM母。待合室をみて、「部屋じゃな~い」と叫んだらしい(←これはうちのY君も言っていた)。思いっきり笑かしてもらった。メルアドの交換をし、退院後の再会を誓った。

入院中、最後のリハビリ。結局、万歳は155度(手術直後100度)、欽ちゃん走り(横方向への回旋)135度(手術直後80度)どまり。万歳は肩が床に着く状態にならないといけないらしい。退院後の外来を予約したが、2週間ほど時間が空いている。その間、コツコツやるようにN田ちゃんから指導された。

Mちゃんは、リハビリをした方の腕が、しない側(健康な腕)より動くようになったそうな。いったいどんな体なんだ!

検温(朝)36.5度(昼)37.1度(夜)37.0度

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2004年8月12日 (木)

術後13日目

0812 夜中におやじの声で変な放送があった。

「業務放送1番。720病棟、13号室。」

なんだ?1番って?誰か亡くなったのかな?13号室ってリカバリー室だよな?720は整形外科だから死ぬ人なんていそうもないけど。いろいろ考えていたら寝られなくなってしまった。こうなると病院の夜は長い。

明日でリハビリも最後。PTのN田ちゃんに退院を告げると、「えええええええ~!退院ですかぁ~?!」と驚愕。そりゃそうだ。まだ全然機能が回復していない。あとは少しづつ、少しづつ、自分で努力するしかない。水の世界へ戻るためにも。もう一度泳ぐためにも!

手術以来、毎朝同じ時間に体重を量っている。術前と術後で500g差があったので、「ああ、500g切り落としたのね」と思った。ここのところ、しっかり食べているにもかかわらず、どんどん体重が減っている。1日につき300~500g。病院食1600kcalが足りないのか?間食を取らないのがよいのか?46kgをきったらやばい。

リカバリー室から妖怪なげっきーが戻ってきた。戻ってきて、また嘆いている。こっちまでノイローゼになりそうだ。早く退院したい。

検温(朝)36.5度(昼)37.1度(夜)36.9度

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2004年8月11日 (水)

術後12日目

0810 朝、起きてトイレへ行くと、右腕のわきの下にまるでビール瓶かフルボトルのワインを挟んだような感覚が。背中も痺れている。血行が悪い午前中は特にヒドイ。だんだん感覚が戻ってきている証拠だと思うが、変な感覚。術前にはかちゃんが言っていた通りだと思った。

断端がどうにも痛くてリハビリ急ブレーキ。袈裟懸けの方向で筋肉がロックしてしまい、どうにもこうにも動かない。何より本人が一番ツライ。筋肉がつれてぶちぎれそう!!せめて、グライドの姿勢まではもっていきたいが・・・まだまだ道のりは遠い。0811

気になる場所をマッサージすると、ところどころ、鶏肉のささみのようなスジがある。さわると痛い。PT・N田ちゃんの話では、筋肉が硬くなっている証拠らしい。マッサージでほぐすしか手はなさそう。ベッドの上でもリハビリしなければ。

15日に退院するが、リハビリだけは退院後も毎日やらないとだめだ。Tスイマーズのみんなにも、一段落したら連絡しなきゃ。すっげー驚くだろうなぁ。

検温(朝)36.4度(昼)36.5度(夜)36.6度

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2004年8月10日 (火)

術後11日目

CIMG0140 午前中、シーツ交換。マスクにゴム手袋の交換部隊がチームを組んでやってくる。交換している間、患者は談話室へ避難。そこでつかまってしまった、「工学おやじ」に。

工学おやじは、鉄道模型マニア。写真をみせてくれたので、「金属パーツが効いてますね」なんて褒めちまったもんだから、そこから延々1時間半、自慢話につきあわされる羽目に。発光ダイオードを使った自作のランプ、部屋のアルバムまで見せてくれた。口角に泡をためながら話まくり。まるで蟹みたいだ。

夕方はかちゃん来襲。相談の結果、15日(日)に退院することに。土曜日はY君が練習でいないので、せっかく帰ったのに気分が盛り上がらないこと必至。そこで終戦記念日の退院に。病気とも終戦したい。妖怪ぼやっきーと一緒にいたら発狂するかも。ぶっちり爆発する前に退院しなければ。

わきの下の痛みのことを、はかちゃんに聞くと、「だんたん」との答え。「はぁ?ダウンタウン?松ちゃん浜ちゃん?」 「ちが~う。断端!」

手術で筋肉というか、身体にメスをいれたときのキレッパシらしい。断端でもダウンタウンでも何でも良いから、この痛み、なんとかして欲しい。

術後に入るリカバリー室に変な外人がいる。これがスリラー時代のマイケル・ジャクソンにくりそつ!頭がいかれていて、一日中大声でしゃべっている。1番遠い8号室まで声がしっかり届く。言っている内容は・・・、

  • 先生~
  • お願いしま~す
  • すみませ~ん
  • お嬢さ~ん
  • 痛~い

これを延々と繰り返している。あれじゃあリカバリーできない。さらに、お見舞いにくる外人が強烈臭い!エレベーターホールから匂いがつながっている。カタツムリみたいだ。O病院NO.1美少女看護師・Hちゃんに話を聞くと、フランス人の「女の人」とのこと。どうみても顔はマイケルなのに。病院くるのに香水なんかつけてくんな!って言ってやりたいけど言えない。

術後、ICU⇒リカバリー室に入っていたYさんが12号室へ移ったとの情報入手。のぞきに行くと、酸素マスクをつけたまま。まだ意識が完全には戻っていない様子。きっとマイケルのせいだ。3日前、リカバリー室へ覗きに行ったときは、体から5本のパイプ&意識不明。あの姿をみて、「手術ってこえー」と思った。

7時すぎ、Y君がひょっこりお見舞いに来た。院内散歩中に発見した展望スポットから我が家をいっしょに見下ろす。

検温(朝)36.5度(昼)36.6度(夜)36.8度

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2004年8月 9日 (月)

術後10日目

CIMG0133 リハビリしている最中、初の癌友S嬢と出会う。S嬢は明後日退院ということで今日が最後のリハビリ。私が大騒ぎしながらやっている運動も、あっさりこなしている。まるで孫悟空だ。

彼女はリウマチやら喘息やら、いろいろな病気を持っているので、この先の治療方法が限られてしまうらしい。他に病気が無いのはうらやましい、と言われた。なるほど、そういう考え方もあったか。

術後の縫合がうまくいっていないらしく、何回かやり直しをしているとのこと。退院が延びた分、リハビリは完璧というわけ。縫合跡は「ハンズで売ってる革製品のサイフみたい」笑ってよいのか悪いのか。

ベッドでまどろんでいるとK内先生が来襲。この先生、少し行動が変わっていて面白い。冗談と本気の境目がわからない。いつも手術着でうろうろしている。私も院内散歩と称してうろついているので、遭遇率が高く、自然と話をするようになった。

痛がっているわきの下のしこり、「そんなのホットケーキ」だそうだ。たいしたことではないらしい。

K内先生は私の手術に立ち会っていたので、術中の細かい様子を話してくれた。まず、術中に行ったセンチメンタルジャーニー試験(正式名称:センチネルリンパ節生検)でリンパ節転移が確認されなかったこと。念のため、周辺のリンパ節をとった。手術の内容としては200%の出来とのこと。

Yさんが手術でICUに入っているため、入れ替わりで新しく同じ病気の人が入院してきた。が、こいつが最悪。

自分がNEW癌になったことを嘆いてばかりいる。あほか?!しかも話を聞くと全然早期。あんたね、もっと重い人だってたくさんいるんだよ。人に愚痴こぼしてどうすんだよ!と言いたい。家族がきても、カーテンの中で嘆き節連発。こっちまでノイローゼになりそうだ。 命名、妖怪「なげっきー」。

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2004年8月 8日 (日)

術後9日目

午前中の回診でドレーンが外れ、晴れてパイプマン卒業。やはり体のどこかがつながれているのは大きなストレスだ。

右のわきの下が痛い。丁度、中心部分にある2×2cmの範囲が腫れている。押すと激痛。日曜日ではかちゃんが不在。明日きたら聞いてみよう。

午後、外出許可をとって久しぶりに自宅へ帰った。本を整理した他は、ベッドやソファアの上でゴロゴロしていたので、基本的には入院生活と差がない。が、やはり家は落ち着く。

隣に住んでいる叔母にも久しぶりに会うことができた。私の病気のことは義母から聞いていたらしいが「どう言って良いのかわからなくて」。確かにそうだ。

お気に入りの八千穂寿司の穴子寿司、ばってら、サーモンを食べまくり、自転車にのって病院へ帰還。自転車は退院まで1週間はのらないので、看護師寮のチャリ置き場へぶち込んでおいた。

2週間ぶりにのったチャリ。ちょっとした段差を乗り越えるたびに胸の傷に響く。段差のたびに片手を挙げなければなあらず、まるでロデオライダー。はたから見たらへんな奴だ。

病院へ満腹状態で病院へ戻ると、置手紙が。社長だ!ニャー!タイミングが悪いなあ。手紙といっしょに本がおいてある。ホモ仲間I氏のお耽美本だ。早速読んでみると、大腸癌で死んだ父親の話。おいおい、中身を見ずにもってくるなっつーの。ま、社長らしいけど。

姉貴もタケキクのバーゲン帰りに寄ってくれた様子。花束と戦利品のTシャツがおいてある。母親の一件があるので、信頼ゼロだが、気持ちだけはありがたく受け取っておきたい。頭にきても血の縁はきれない。まあ、姉貴は不器用な生き方しかできない人だから。あきらめるしかない。

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外出許可

看護師寮の自転車置き場。荒れてる。051112172909.jpg

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2004年8月 7日 (土)

術後8日目

CIMG0144 はかちゃんと相談して、病理検査の結果がでるまで時間がかかるので、調子がよければ早めに退院することになった。

再来週にはオリンピックが始まる。なにせ、夜中の中継が多いので、10時消灯の病院ではみることができない。4年に1度のビッグイベント。ひょっとしてひょっとすると最後のオリンピックになってしまうかもしれない。やはりナマでみたい。

病理の結果は、通常で3週間ほどかかるが、お盆休みをはさんでいるので4週間ほどかかってしまうかも?そんなに入院していてもリハビリ程度しかやることがない。家も近所だから、万が一何かあったときには緊急外来に駆け込む、ということで退院了承。

病理の結果から、癌の進行度、種類(10種類以上あるそうだ)、リンパ節転移の有無、顔つき、ホルモンリセプターなどの情報がわかる。これらの条件をもとに、今後の治療方針が定まる。この結果が出ない限り、何も治療ができない。

入院生活もストレスたまるし、今は早く退院したい。

検温(朝)36.4度(昼)36.7度(夜)36.8度 快便。リハビリは頑張ったかな?お風呂に入れないので、髪の毛を洗ってもらった。気持ちいかった。

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2004年8月 6日 (金)

術後7日目

右わき腹にささったドレーン。体の中からでてくる膿をためるものだ。手術したばかりのころは赤い色をしていたが、ここにきてロゼ程度に。1日で56cc。30ccをきれば、ドレーンが抜かれる。これがつながっている限り、お風呂も入れない。

高校時代の友人、CとSが見舞いに来てくれた。ケーキをどっさり買ってきてくれて、うれしいやら大変やら。とても食べきれないので、同室のメンバーと分けることに。さあ、どれが良い?と盛り上がっている真っ只中にはかちゃん来襲。すごいタイミングの良さ。

はかちゃんの指示で病室のドアを閉め、Yさんの明日の手術の説明にきていた麻酔科の研修医さんを交えた8人でケーキを食べた。Y木さんも、昨日の主治医の病状説明が厳しく少し落ち込んでいたが、おかげで病室内が明るい雰囲気に。甘いものパワーだ。

Sに言われたが10年健存率なんて気にすることは無い。数字は、10年以上前の治療方法に基づくもの。私には私の癌の個性、治療がある。今はただ、はかちゃんの言うことを信じるしかない。このあたり、仕事と一緒だ。

検温(朝)36.7度(昼)37.2度(夜)36.6度 窓際のベッドは日当たりが良すぎて、暑い!

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2004年8月 5日 (木)

術後6日目

0805 新しいメンバーが入ってきた。

Tさんは13年前にNEW癌を手術。7年後に骨に転移。このときは放射線で治療。そして、今回13年目で肝臓に転移。「もう10年生きるために治療にきた」という。

抗がん剤最終クルーのWさんは、「同じ病気の人の話は怖い」。現実には向き合わなきゃいけないと頭ではわかっていても、やはり怖い。できればそういった事実は見たくない。

丁度廊下ではかちゃんに会ったので「先生、やばい。ストレス状態だよ。」と泣き言をいうと、「ちょっと来なさい」とナースステーション裏部屋へ連れ出され30分間のレクチャー。

「病理の結果もでていないのに、そんな先の心配をしてどうするの?生理なんか止めたければ注射一発ですぐ止まるんだし、抗がん剤との組み合わせでかなりの治療効果があがってきている。心配するな。」確かにその通りなんだけどね。まだガキだからさ。

その後、先生を窓際へ案内、6階から自宅を案内。たったこれだけのことなのに、心のストレスがとれた。ありがとう、はかちん。

感覚がじょじょにもどってきているためか、順調だったリハビリが停滞モードに。万歳をしようとしても袈裟懸け部分の筋肉がロックしてしまい、どうにもこうにもあがらない。愚痴だけこぼして早々に退散。

検温(朝)36.5度(昼)36.8度(夜)37.1度 快便君(看護師さんとの会話の大部分はうんこ話だ)

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2004年8月 4日 (水)

術後5日目

CIMG0147病名を知らせて以来、はじめて母が見舞いにやってきた。父の手術は30分で終わったそう。癌ともよべないような早期のもので、「あなたが大変な時期にこんなことで巻き込んじゃって」と謝る。悪いけど本当だ。でも父にはそんな気、さらさら無いだろう。

帰りがけ、はかちゃんと遭遇。「義理の母と実の母です」と紹介した。「T薬科大学の同窓生なんです」「えっ?失礼ですがそんな時代から・・・」とそこから医薬談義。私の様子なども話してくれ、すっかり打ち解けた様子。家族のストレスまでほぐしてくれた。サンキュー。

入院生活にも慣れ、同室のメンバーともおしゃべりをするようになってきた。ただしジョーズばばーIさんを除いて。特に古参のFさんは、副院長に20年ほど前、胃癌の手術をしてもらって以来、2度の再発にも負けず「おっかけ」をしている。

「病は気から。どんなに悪くてもあきらめちゃダメ」

Y木さんは、検査の嵐が一段落。胃の全摘最後の晩餐。が、術前食でしけたメニュー。「ケーキが食べたい」と悔やんでいた。

昨晩は去年死んだ愛犬スウィートの夢をみた。一生懸命追いかけているのに、お尻をぶいぶいいわせてどんどん先へ行ってしまう。結局顔をみることもなく、別れたところで目が覚めた。

検温(朝)36.8度(昼)36.7度(夜)36.9度 ようやく快便復活。

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2004年8月 3日 (火)

術後4日目

RIMG0414 病院は人間動物園だ。いろんな人がいる。

今回、同じ病室になった人にIさんがいる。出っ歯なので「ジョーズばばー」と呼んでいる。こいつが最悪。無神経。無知。

胆嚢癌で手術をしたが、退院1週間前に院内で転んで大腿骨を骨折。もう3ヶ月入院している。テレビはお金がもったいない、本も読まない、家族もこない、ってことで1日ヒマしている。周りの入院患者の噂話しかしない。病院からイエローカードが出ているので、転院しなければならない。とっとと消えてくれ、ジョーズよ。

Sさんは娘さんが私と同じ高校。肺と肝臓、2箇所に転移している。腫瘍マーカーの値が上昇したが、画像診断は転移ゼロ。PETでようやく肺転移を見つけたという人。分子標的薬を使った1泊2日の治療なので、明日にはもう帰ってしまう。とても良い人なんだが、いびきがスゴイ!バズーカ砲。しかも往復!吸っても吐いてもイビキがでる。地鳴りまでする。おかげで同室のメンバー、一睡もできず。

検温(朝)36.8度(昼)36.6度(夜)36.9度

術後はじめてうん●がでた。胃の中からっぽ状態からの製造なので、出るまでに3日間はかかると言われていたが、食べた量に対してあまりにも少ない。明日、下剤をもらうことにしよう。

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2004年8月 2日 (月)

術後3日目

0802ようやく点滴ともお別れ。パイプ・マンから一歩脱出。右わき腹のドレーンを残すのみ。留置針のまま寝たり食事をとるのは気分的に嫌だ。

術後はじめてタオルで清拭。ひさしぶりの「お風呂」なので気持ちが良い。さっぱりする。ところが、右腕の二の腕を拭いてびっくり。知覚が全く無い!タオルで擦っているのに、触られているという感覚が全く無い。何かマネキン人形の腕を触っているというか、遠くの他人の腕を触っている感じがする。気持ちが悪い。

ベテラン看護師さんのN川さんが「自分の傷跡みた?どう思った?」多分、患者の精神的ケアをするために聞いてきたのだと思う。

胸帯がずれて自分で直したとき、はじめて右胸を見た。そのときの感想を伝えた。「なーんもないってこんな感じなんだ。手術って面白いもんだと思いました。」N川さん、ベッド脇でずりこけてた。悪いね、デリカシーなくて。

「人間、落ち込んだときにどう対応するか、対応できるかが最大の課題なのよ」。これは梅原猛さんの本の中にもでていた。この先、検査の結果などで落ち込むことがあっても、この言葉をキモに命じて前向きに取り組んでいこう。

15時からいよいよリハビリがスタート。担当はPTのN田ちゃん。15分程度、筋肉をマッサージしたあと、棒体操。これが最悪。痛いのに無理やり万歳をしたり、棒ベンチプレスみたいなことをする。SM孫悟空。毎日やらないと筋肉が硬くなって、障害として残ってしまうらしい。術後すぐ始めなければならない。ベッドに戻ってもやるようにとの指示。プールに戻るためには頑張るしかない。

病室に新しく人が入った。とても感じの良い人だ。胃癌で全摘するそうだ。開腹手術を受けたことがあるとのことで、手術・麻酔の説明がとても長い。そして手術までのリハビリと称して「ひょーぽん」が手渡される。

「なんですか、それ?」

肺活量のない人が手術をすると、麻酔が効いて呼吸量が少なくなり、マズイらしい。そこで、自発呼吸ができるよう今から練習。これがバカにしてるんかい、っていうようなおもちゃ。息を吹いて小さなボールを浮かせ続けるもの。音にちなんで「ひょーぽん」と呼ばれている(正式名称不明)。こんなの役に立つのか、本当に疑問。

検温(朝)36.8度、(昼)36.7度、(夜)36.6度 便秘中

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2004年8月 1日 (日)

術後2日目

かなり調子は上向きに。身体の動かせる範囲が広がってきている。微熱がおさまったというのも大きな要因だ。

窓際でうとうと寝てしまった。気がつくとY君が本を読んでいる。このまましばらくまどろんじゃおう。今日は日曜日で病院も静か。

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