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2004年12月

2004年12月31日 (金)

激動の1年

激動の1年が終わった。

本当に今年の暮れ、こんなことになっているとは思いもよらなかった。

入院も手術も点滴もはじめて。みんなの言葉、表情、涙、声がはっきりと、鮮やかに思い出される。

昔の再放送をみていると、「ああ、この頃にはすでに体の中に癌細胞があったんだ」などとつい考えてしまう。

来年のコンセプトはRe-Born 生まれ変わり。 別名:フェニックス・プロジェクト。

心機一転、前向き思考で生きたい。

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2004年12月26日 (日)

豊島御陵へ

護国寺となりの豊島御陵で、先日なくなられた喜久子様の葬儀があった。

喜久子さんの死因は、NEW癌。毎年、癌の研究に対して多額の寄付をされており、告知の際、

「ああ、とうとう私もなったのね」と言われたそうだ。

会場について驚いたのは右翼の数。黒い喪服を着ている人はだいたい右翼。私のように普段着の人は近隣住民。普段御陵にはいれないから、ちょっと来ました、という人だ。

脱帽して拝礼をすべきだが、なにせハゲ頭。みせて驚かせようかとも思ったが、やめておいた。DSC00135

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2004年12月21日 (火)

化学療法5回目(8日目)

RIMG04455回連続一発合格!!すばらしい!!ブラボー!!

入院時3200だったので、延泊間違いなしと思っていた。ところが図ってみると2800。-400どまり。回を重ねるごとに減少率が高くなっていたので、今回は1500~1800程度まで下がるものとみていた。MINラインはキープだ。

看護師Nちゃんのアドバイス、水を取り過ぎない作戦が効いたのか、それとも寿司が良かったのか。看護師Nちゃんは、「寿司食べて腸炎起こしてたんじゃないの?」

次回は1月7日から。癌友Iさんは4日から入院。いよいよ最後の化学療法。夏に入院して季節はもう冬。長かった。最後も一発退院を目指すぞ。

検温(朝)36.2度

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2004年12月20日 (月)

化学療法5回目(7日目)

入院以来、メールが大活躍している。

今回、入院時白血球数が少なかったことを癌友に知らせたところ、励ましのメールが続々と届いている。ありがたい。

SONYブランドをご愛用なのだが、ジョグダイヤル時代から、スイッチ類の扱いやすさと変換能力の高さには目を見張るものがある。1番良く使う単語を予測して候補リストにあげてくれる。病気をしてから、

  • 「が」⇒「癌」
  • 「こ」⇒「抗がん剤」
  • 「び」⇒「病院、病気」
  • 「し」⇒「腫瘍、手術」
  • 「に」⇒「入院、乳」
  • 「は」⇒「白血球、吐き気」

という予測変換が行われるようになった。便利だけど悲しい。

向かい側のベッドにOさんが入院。ようやくカーテン閉めない仲間が増えた。

検温(朝)36.4度(昼)36.7度(夜)36.4度 快便

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2004年12月19日 (日)

化学療法5回目(6日目)

今回同室になった人たち。全員カーテン閉めっぱなし。食事もベッド脇で小さくなって食べている。暗い。でも、おかげでゲームボーイ(ドラクエⅢ)がはかどる。

掃除のIさんからビッグな情報を入手。

9号室に入っていたイタリア人が夜逃げしたらしい。汚れたTシャツだけ残して。

9号室の前にいつも配膳車がおかれる。食事のトレーを片付けにいくと、ベッドにおさまりきらないでか足がいつも見えていた。「外人だ。何人だろう?」といつも思っていた。

アメリカ人は愛想が良いので、院内で会うと、何かと声をかけてくる。ところが、この人は、いつもつまならい顔をしていた。

おそらく健康保険を払っていなかったのだ。10割負担だったら相当な金額になるはず。手術&2週間近く入院していたから、100万円は超えていたのではないだろうか。

検温(朝)36.4度(昼)36.7度(夜)36.6度

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2004年12月18日 (土)

化学療法5回目(5日目)

DSC00130 Y君の演奏会が今夜G大学記念講堂で開かれる。

白血球数は明日から下がり始める。外出するなら今日が最後のチャンスだ、ということに気がつき、はかちゃんに相談。承諾を得る。場所も近いので、タクシーで行けば15分だろう。服装に問題はあるが(←ジャージ上下)、他の人に会うわけではないし、OKとしよう。ついでに買出しもしたいし。

病院の昼食と夕飯はキャンセル。14時に病院を出てまずはIへ。目的は寿司を食べるためだ。なんといっても今回は白血球数が3200しかない。とびきり上等なエネルギーを投入しなければ、延泊は必至。お気に入りの寿司屋で10貫・3000円分を食べた。最後はばふんうにで閉める。

その後、地下で明日の昼ごはん・鰻と、今夜の夕食をげっとぉー。

夕方16時、会場へ到着。曲目は、

  1. メンデルスゾーン/交響曲第5番 ニ短調 「宗教改革」 Op.107
  2. ブラームス/ハイドンの主題による変奏曲 Op.56a
  3. R.シュトラウス/交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」 Op.2
  4. グリンカ/歌劇「ルスランとリュドミラ序曲」

タクシーを降りて、病院そばのセブンでアイスの実、冷凍食品を購入。白血球数UPへの準備態勢が整った。

検温(朝)36.4度(昼)36.5度(夜)36.5度 快便習慣

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2004年12月17日 (金)

化学療法5回目(4日目)

CIMG0094 本当に驚いた!私が手術入院したときに反対側のベッドにいたMさんが、今、私の隣のベッドで抗がん剤を受けている。

手術入院の翌日に彼女が退院してしまったので、重なったのは2日間しかない。私が人生初入院・超初心者モードでいたので、あまり話しもせずに終わった。そのとき、噂話好きの暇人Iさんが「彼女もNEW癌だけど、手術は受けないんですってよ。仕事ばかりしているの。嫌よね。」とわけのわからないことを言っていたのを覚えている。

カーテン越しに、超速ブラインドタッチで打ち込んでいるノートパソコン音が良く聞こえていた。手術前でナーバスっていたので、その音が気になって仕方がなかったのを覚えている。某大手電気メーカー社員。

8月からもう4ヶ月。なんで入院?? 治療方法がまったく読めなかった。耳をダンボにしていると、抗がん剤を受けながら看護師さんに、

「今回で抗がん剤9回目なんです」と言っているのが聞こえた。

「9回目!!そういうこっちゃ!!」

「左手の血管、もうダメなんで、右手でお願いします。」

「右手!!手術したほうじゃないの??」

NEW癌患者は、リンパ節切除をした側の腕の免疫力が激減しているため、手術側の腕は採血も点滴も禁止が原則だ。ところが彼女は両方いけるという。どういうことだ。

点滴終了後に「お会いしたことありますよね」と声をかけ、落ち着いて話を聞く。彼女は手術をしたくない、QOLも下げたくないので、抗がん剤で癌をたたくことにした。標準治療ではない。病巣そのものは壊死した状態になっている。

はかちゃんは、1月の手術を薦めているそうだが、本人は受けたくないと粘っている。人ぞれぞれいろいろな意見はあるが、やはり「コンサルタント」の意見は素直に聞いたほうが良い。抗がん剤で死ぬ人もいるのだから。

検温(朝)36.5度(昼)36.4度(夜)36.6度 サンカマはもう手放せない

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2004年12月16日 (木)

化学療法5回目(3日目)

2007020902 昼間の見舞い客の中に、香水ばばぁがいて閉口。おしゃれをするのは構わないが、病院での香水禁止は原則だ!抗がん剤の吐き気がなくても、吐きたい気持ちになった。

これは、皮下注射明けのNさんに来て貰って一芝居うつしかない(←本人に直接言う勇気なし。もめるのも嫌だったし)。病室にきて大げさに騒いでくれるようメールで頼んだ。昼食後、予定通り遊びに来てくれ、病室に入るなり、

「何?この強烈な匂いは!!」 私も匂いの発信源をつかんでいたので、本人に聞こえるように「でしょう?病院に香水してくるなんて信じらんねぇよ。最低。ここで吐いてやろうかな。」

この作戦が大成功。夕方、本人がきて「匂いのことごめんなさい。髪の毛にスプレーつけちゃって。気をつけます。」

ぷぎー!私は知っているのだ。匂いの元はあんたじゃない。あんたの母親だよ。嘘をついて庇わなくても良い、と言うつもりだったが、かわいそうなので「抗がん剤やってる人とかいるので、匂いには敏感になっているんですよ。気をつけたほうが良いですよ。」とやんわり忠告。

その後、いろいろ話をしたら、これがとっても良い奴。母親抜きで出会いたかったね。彼女は私より2つ年下の35歳。昨年くも膜下でぶっ倒れ、右半身に障害が残り、杖が欠かせない状態。

「目が覚めたら髪の毛が無くなってて、ベッドの上でつながれてた。こんな歳で身体障害者になっちゃってびっくり」と明るく言う。顔もアイドル並みのかわいさ。ショックも大きかっただろうに。

「あんたねー、そんなこと言ったら私なんか癌だよ、癌。もう寝耳にミミズよ。」洗面所で歯を磨きながら2人、病気自慢。盛り上がっていると、同室のDばあさんが合流。自虐的な話を聞きながら、「あんたたち、若いんだから頑張りな!負けちゃだめだよ!」と一喝。思わず3人で手を取り合ってしまった。

病院はいろいろな人がひろいろな問題を抱えてあつまる場所。お互いこんなことでもなかったら出会わなかった人たちだ。彼女も検査入院なので明日には内科病棟へ戻っていってしまう。こうした人との出会いが入院生活の妙だと思う。大切にしたい。むかつくヤツもいるけど。

検温(朝)36.6度(昼)36.7度(夜)36.7度 サンカマのおかげで快便

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2004年12月15日 (水)

化学療法5回目(2日目)

1003昨晩は一睡もできず。持参したMDをほとんど聴いてしまった。ベッドの角度をフルフラットにすると、胃の奥から謎の物体がこみ上げてくるので、30度の角度を保ったまま、横になった。寝ゲロじゃあ死にたくない。

水も頑張って飲まなくちゃならないのだが、どうしても喉でとまってしまい、飲み込むことができない。番茶も匂いがダメ。今回は結構きてると思う。食欲というか食べる気力がわいてこない。ってかGEROしそうで、食べる気になれない。

はっきりした副作用は、はげしい頭痛と胸焼け、下半身のだるさ。この下半身のだるさは歩きすぎた後のような独特の倦怠感。頭痛は風邪の症状に近く、こめかみの辺りがズキズキ。胸焼けは親父系。鈍い嘔吐感あり。ソルマ★クでも飲みたい気分。のどの奥に何か物体が待ち構えている状態。

私の場合、この吐き気がだいたい3日目まで続くのが恒例パターン。この間は、ベッドの角度、フルフラット禁止条例が発令される。今回はカイトリルの粉末まで処方されてしまった。念のため、飲んでおいた。最終クールに向けて、吐き気対策、かなり盛り上がってきている。

ほっぺたは相変わらず「おてもやん状態」。抗がん剤投与から2日目は、何故かほっぺただけが赤くなる。発熱の影響か?

20070211 本日退院予定だった癌友Nさんは、白血球数が足りずに不合格、延泊モードに。白血球数テスト、Nさんは毎回不合格。そのため、すれ違い入院のはずが、いつも2~3日重なる。つきあいの良い人だ。

彼女の場合は、「吐き気」ではなく、実際に嘔吐してしまうので、入院5日目ぐらいまで、食事もほとんど取れない状態。枕の横には、そら豆型のGEROボックスとコード式のナースコールが常においてある。回診にきたはかちゃんの顔をみて吐いたこともあるし、点滴中の私を見てGEROしたこともある。笑える。

Kちゃんは毎回一発退院。Kちゃんも、副作用が投与後2~3日続く。ふたりは610病棟組だが、副作用期間中は病室も静か。

配膳車のことを我々は「バス」と呼んでいる。食事の時間になると、配膳車が移動する「きゅるるるるるるる」という音とともに、「バタン、バタン (←看護師さんが扉を開けている音)」「お食事の時間ですよ~」という掛け声が近づいてくる。

副作用がヒドイときは、この音が近づいてくるだけで嫌ーな気分になる。「バスの時間かよ~」配膳されたものを見るだけ見て、そのまま返すことになる。特に、煮物・蒸し物系の匂いがたまらない。フタを開けた瞬間に吐き気に襲われる。

体重はMAX更新中。抗がん剤の濃度が薄くなっている気がする。。。

検温(朝)37.1度(昼)37.3度(夜)37.0度 早速便秘モード・スイッチオン

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2004年12月14日 (火)

化学療法5回目(初日)

RIMG0451 入院時白血球数3200!!少な!!高値安定を誇ってきた私も、とうとうバブル崩壊のときがきたようだ!!今回は一発退院無理かもなぁ、と弱気。皮下注射は痛そうで嫌だ。骨髄を無理やり働かせるので、注射後の腰痛も嫌だ。笑いで白血球数を上げるしかない。

抗がん剤は毎度お決まりの内容。

  1. デカドロン・・・ステロイドホルモン・アレルギー反応や炎症を抑える(10分)
  2. カイトリル・・・吐き気止め(10分)
  3. ファルモルビシン・・・抗がん剤・別名イチゴシロップ(15分)
  4. 5FU・・・抗がん剤(60分)
  5. エンドキサン・・・抗がん剤(60分)
  6. カイトリル・・・吐き気止め(10分)

点滴針が3回目にして成功。もういい加減点滴針ノイローゼになりそう。抗がん剤自体の副作用は初日の夜だけなので、今の私にとっては、点滴の針をいかに上手く入れてもらうかが最大の課題。

しかも今回は、予定日でもないのに生理がいきなりはじまった。今までにみたこともない色をしている。抗がん剤で卵巣機能にダメージが加わっているので、その影響。序々に終了モードに近づいている証拠。

白血球数が少ないので、たくさんエネルギーを取り入れなければならない。

検温(昼)36.8度(夜)37.0度 恒例の抗がん剤微熱

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