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2006年2月

2006年2月28日 (火)

癌を振り返って

午前中は先日お会いした某メディア関係の取材。

以前お受けした某国営放送の取材は、あらかじめシナリオが設定されていて、そこに患者をはめ込んでいくような感じがしたが、今回はちょっと違う感あり。癌患者を媒体として、癌という病に「もう一歩踏み込んで」光をあてようとしている。ドキュメンタリーに近いのかな?まとめる側はとても難しいと思うが、闘病記以外で、1人の患者をそこまで掘り下げた記事なんて、今まで私は見たことがない。面白そうだ。

記者の方から「あれはどういう感覚?」と聞かれて、自分でもその気持ちの素をうまく説明できなかったことがあった。その“感覚”について少し考えてみたい。

社会復帰を果たし、“パジャマを脱いだ社会人”になって半年。最近、世間や会社の同僚と微妙な「温度差」を感じてしまうときがある。人生観とか仕事観とか、、、今までは先陣きって「仕事じゃー!」って旗を振っていたけれど、なんかそういう気が起きなくなっている自分がいる。でも同僚は相変わらずなワケで、、、そういうところに「微妙なズレ、違和感」を感じてしまうことが多く、ちょっぴり寂しかったりしている。

朝の通勤時間帯などは、特にそうした違和感や差別感を感じてしまうことが多い。一心不乱に歩いている人、われ先へと電車に乗りこもうとする人、規則正しくホームに並んでいる人の列、列、列。そんなことに一生懸命になっている人をみると、「ザザザー」っと自分が引いていくのだ。そういう風景を遠くからみている自分がいる。

この違和感って何なんだろうなぁ?もうああいう風には働きたくない、働けないって思っている自分のひがみなのかなぁ?違うよな~。

「軽蔑する」というよりは、「可哀そうに」って思ってしまう?「人生にはもっと大切なことがあるよ、早く気がついて」って。達観しちゃう自分がいる。それが、温度差とか運命の差別感を感じる気持ちにつながって、そういう世界に戻れない、戻りたくない自分、戻ることを恐れている自分を「哀しい」と思うのか?

BC時代は「自分だけ」だった。自分で給料稼いで、自分で好きなことやって、自分で人生を計画をして、、、。他の人の存在、その大切さや巡り合えた偶然性に気づかなかった。日常的で、当たり前のことだと思っていた。絵に描いたような働き盛りの30代だった。

手術が終わった夜、ベッドの中でみた死の幻覚。思わず「助けて!」と手を伸ばしても、そこには静寂しかなかった。あの夜、「人はひとりじゃ生きられない」、「ひとりでは死にたくない」って実感した。人は、人を支え、支えられながら、生きて、そして死んでいくんだってことに気がついた。

だから、そういうことに気がつかずに生きている人をみると、BC時代の自分をみているような気がして、差別感やら、温度差やら、ぐちゃぐちゃの感情がわいてくるのか?立花隆氏の「宇宙からの帰還」とか、「ベルリン天使の詩」にでてくる天使のような感覚。もう昔の自分には戻れない、と思うのだ。もう少し、じっくり考えてみたい。

20060228 午後はシネスイ銀座へ映画鑑賞。本当は、「ホテル・ルワンダ」を狙っていたのだが、3月4日以降が本格上映。「かもめ食堂」の前売りもゲトーしておきたかったので銀座へ。

観た映画は「イノセント・ボイス 12歳の戦場」。メキシコ映画。監督はルイス・マンドーキ。1980年にメキシコのエルサルバトルであった政府軍と反政府ゲリラとの内戦が舞台。12歳になると少年兵として徴収されて、銃を持たされ、戦場へと駆り出されていく子供たちの物語。

やんちゃ盛りの子供たちの日常が、大人達の勝手な仁義や思想のために壊され、簡単に破壊されていく不条理。主役のいカルロス・パディジャという男の子の演技がすばらしい。目の色が物語の後半に近づくのにつれて、どんどん憎しみの色へ変わっていくのだ。

号泣するような映画じゃないけど、考えさせられる映画だった。いつも翻弄されるのは弱者なんだ。

最後にテロップで流れていたけど、世界中で30万人以上の子供が兵士として働かされているそうだ。

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2006年2月26日 (日)

庭で見つけた小さな春③(今日のキャンベル湖)

キャンベル湖改めキャンベル温泉。本日の来客数6名。RIMG1066 RIMG1074 RIMG1075 RIMG1073

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2006年2月25日 (土)

庭で見つけた小さな春②

クロッカスが満開よ。梅も春の香りでいっぱい。RIMG1059 RIMG1060

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恐るべし★インフルエンザ!

RIMG1065むかーし、昔のことじゃったー。それは一昨日のこと。夜は六本木ヒルズで会食予定(しかも人の奢り)だったので、午前中ブログを書き込み私用を済ませた後、出社する予定だった。予定だったのよ。いやさ、本当に予定していたのよ。ところが、、、

会社へ行く用意をしている最中、急に身体の調子が悪くなって、「んにゃ?変だにゃ?熱でも測ってみっぺ?」しばらくすると、ピピピの検温終了音。見てびっくりの37.66!「んにゃー?!」あんなものや、こんなもの。。。美味しいものが食べられたのにー、、、何かの間違いかも?と再度検温するも同じ結果。がっくし。会社へ休みの連絡。会食相手にも泣く泣く欠席を連絡。

念のため、街医者を探すが、あいにくどこも休み。午前ならともかく、午後というのも間が悪かった。思い切ってO病院緊急外来へ電話。一応、拠点病院なので、発熱ごときで行くのは他の人に悪い気がしたが、この際仕方がない。内科は初めてだが、診てくれるという。ラッキー。

10分後に向かう旨を緊急外来へ伝え、保険証をもって、診察券をもって、お金、、、などと準備をしていると、なんとなーく悪い予感。念のため、i-podやら本、常備薬を持ち、下着も着替え、万が一の場合はそのまま入院できるラフなスタイルで出発。

緊急外来へ到着すると、まず最初に検温と血圧測定。「意外に下がってたりして?」と思いながら結果をみて唖然。38.84!オーマイニャー!ジーザス!今だかつて、体温計でこんな数字をみたことがなーい!血圧は下が130、上は180という鼻血ものの数値!普段は低血圧で100いけば御の字だというのに。

数字をみたらすっごく調子が悪いような気がしてきて(←いや、ホントに悪いんだよあんた)、待っているうちにイスにもたれかかった角度が90度→60度→→→、、、30度になった時点でようやく呼ばれ、診察室へ。医師へ症状を伝える。身体中が痛い、リンパも腫れてる、喉が痛い、だるい、食欲はOK、はかちゃん元気よ(たまたま担当医がはかちゃんの後輩だった)、中年太りだ、今日は素敵なディナーだったのに、などなど。

念のため検査をしたところ、A型インフルエンザに陽性反応。おおおー、記憶にある限り、人生初のインフルエンザやでー。ブログのネタできたでー(んな場合じゃねーべ)。白血球数にも異常がある可能性があるので、「念のためプチ入院する?」ということで即行入院決定。自宅で食事つくるのも大変だしな。

早速、噂のタミフルを飲み、ベッドの中で安静。「悪い予感的中。遊び道具持ってきといて良かったー!」夜中、2時間おきに検温。MAX39.4まで発熱。さすがに、ここまで発熱すると、スケートで誰がメダルとろうが何しようが、どうでもよくなるね。夜中もずっと、うなされてたらしい。誰かに呪われてたのか???たたりか???あたしゃ、このままどうにかなるんかと思ったよ。

翌朝になり、検温すると37.0度!タミフルパワーにびっくり!だって、39.4→37.0よ!あんな小さいカプセルなのに!副作用もないのに!ハッカクが原材料なのに!いやいや、ホントに凄いです。癌治療でも、こんなスーパーミラクルな薬があれば良いのになーとか思っちゃいました。

だいぶ良くなりましたが、今週は大人しくしていることにしました。自分の免疫構造がいかに狂っているのか、実感しちゃいました。人間は失敗から学ぶのじゃー。(←ってか、あんた何度目?学習能力なさすぎ!)皆も気をつけてくださいね!私らかよわき乙女なのってこと、忘れないで~!

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2006年2月23日 (木)

抗がん剤の血管痛(炎)ってどうよ

1022 抗がん剤の吐き気以上に私を悩ませたもの。それは血管痛(血管炎ともいう)。原因は、恐らく(別名イチゴシロップ)こと、ファルモルビシン。

血管痛の経過を整理しよう。

1回目:点滴針刺しはT医師。1回目で成功。手首の下の静脈。曲げ伸ばしても支障のない絶妙な位置。血管痛(炎)を知ったのは退院した後。モノが触れると何気に痛かった。でも表面上は変化なし。「どっかにぶつけたのかな?」程度にしか考えなかった。「血管漏れ」は心配していたが、まさか「血管痛」があるとはこの頃思いもよらなんだ。

2回目:点滴針刺しは研修医のH本医師。緊張しつつ、なんとか1回目で成功。場所は前回とほぼ同じ静脈。退院後、お風呂に入って何気に左腕をみたら、なんかドス黒い痣ができてびっくり。「これ、何だろう?」

3回目:同じく研修医のH医師。ど緊張のままトライ。んで、あっけなく散った。T医師をヘルプで呼び出し、2回目で成功。前回の場所は使えず、別の血管を使用。この3回目の頃から、ファルモルビシンを所定の速度で落とすと痛みが走ることを確認。あくびや背伸びなどをすると、血管がつって、腕を真っ直ぐ伸ばすことができなくなっていた。せっかく右腕のリハビリが完了したのに、今度は左手かよ。結構、凹んだ。

DSC000794回目:異動してきたばかりのH医師。「うん、あるある。大丈夫。」といいつつ、3回失敗。針を入れてから血管の中を探るので、いてーのなんの。「本当にごめんなさい」と小さくなっていた。「ええから、きちんと入れろ!プロじゃろが!」と心の中で叫んでいた。でも口では「いいですよ~ヘラヘラ~」。H医師からのヘルプ信号を受け、O病院で1番針刺しが上手いと評価されるN村医師に緊急交代。一発で成功。以来、抗がん剤投与前の針さしが最大の課題となった。

はかちゃんに苦情を言ったら、「血管炎だな。リバシップしてあげて!」って指示がやっとでたまん。でもこのリバシップ、あんまり効かなかったなぁ。気休めにもならなかった。結局、最後まで我慢するしかなかった。最終日、「最後まで持ちますように」ってはかちゃんにお払いされたっけ。神頼みかよー。

09285回目:針刺しは3回目でようやく成功。腕の部分がダメで、とうとう手の甲から。邪魔な位置だが仕方がない。二日間の辛抱だ。血管痛には耐えられなくなって、点滴を落とすスピードを倍にしてもらった。左腕は、静脈の痕が黒ずみ&凹み、キラウエア火山のマグマが通った跡のような状態。人に見せられるような状態じゃない。

DSC001386回目:最後の回は、O病院副医院長のW医師。推測するに、立場上、ここ20年は針刺しをした経験がないと思われるによる。最悪。なんでこんなヤツ連れてきたん!ただでさえ痛い私の左腕を雑巾のようにしぼった挙句、3回失敗。意地になって4回目の場所を探すので、あまりのストレスに発狂しそうになった私。「もういいです!足にしてください!」と懇願。同室のIOさん、この二人のやりとりにいたたまれなくなって病室からそそくさと退場。

足の静脈は太いので、ドヘタなW医師でも一発で成功。点滴中のトイレが面倒だった。この静脈は1年経った今でもダメで、ヨガで開脚をするとひきつりそうになる。

CIMG0246

抗がん剤以来、私の左腕からは静脈が全て消え、針入れ難易度ウルトラA級患者に。半年に1度の総点検。採血もCT、RIの注射も、毎回ストレス。最近は蒸しタオルで暖めてからやるようにしているけど。。。  失敗続き。血管再生には、かなりの時間がかかるというけど、、、なんかいい手ないのかな?

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2006年2月22日 (水)

美少女★図鑑②

親父を悩殺する美少女シリーズ第二段。手術当日の昼勤だったT橋ちゃん。1DSC00360

細かいことまでよく気がつく彼女は、いつもキビキビと院内を歩き廻っていた。小動物系の動きをしていたよね。安心して身体を預けることができた看護師さんのひとり。いつも笑顔だったよね。Y君なんかイチコロよ。

手術室から帰還、麻酔で朦朧とする私の世話を手際よく対応してくれたのも彼女。看護師寮にいるからまた会えるね。ありがとう。いいから早く嫁にいきなはれ。

そういえば、この回は血管炎が酷くて、リバ湿布をずっと巻いてたなー。

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2006年2月21日 (火)

復活の狼煙★あがる!

DSC00457 きゃんべる。復活です!みなさん、ご心配をおかけしました。もっと身体様の声を、きちんと聞かないとあかんですね。ちと反省。

熱は36度3分まで下がりました!あっという間の乱高下!“念には念を”ということで、今夜も早く不貞寝しまーす。皆様も風には要注意でっせ。

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2006年2月20日 (月)

Tちゃん外来★再び

昨夕からはちゅねちゅ。なんざんしょ?手術以来、ひっさびさの38度!身体が痛くて仕方が無かった。どんなに鼻水がでようと、咳がでようと、熱だけは出ない人だったのに、昨日はただ熱だけドンとでた。免疫力の低下を実感!身体様の声は聞かなきゃね。

午後、Tちゃん外来もあるので、半休をとって爆睡体制へ。

Tちゃん外来では、先日、S村医師の外来時にカルテ内に発見した記述「・・・集積を認める・・・化学療法による影響と思われる」の真意を確かめること。

診察室から「きゃんべるさーん、きゃんべるさーん」の声。ありゃま、2回も呼ばれちゃったよ。ほーい。扉を開けつつ、「こにゃにゃちは。また来ちゃいました」と一礼。

「どうしたの?」「この間、整形行ったじゃないですかー、S村医師と検査データを全部見まくっていたとき、嫌ーなもの見つけちゃって。その真意を確認しようと思って。」「ん?何?」「いつのカルテだかさっぱりわからないんだけれど、・・・集積を認める?抗がん剤による影響と思われる?とかっていう記述があったんですよ。これから日常生活の中で注意をしなきゃならないことなら、頭の中に入れておこうと思って。」「あ、わかった、それって骨シンチでしょ?」「あいやー、それが何だかわからんち会長なのよ。」

T医師、おもむろにカルテを起動し、該当ページへ。「これだと思うわよ」骨シンチの骸骨画像をみせ、左腕に黒い影があることを示す。「放射性同位元素を身体の中にいれるでしょ?注射の痕、黒くうつっちゃうのよ。そのことだと思うわよ。」画面に二人で顔を寄せ合い、眺める。確かに、左腕のところが黒くなっている。

「うんにゃ、これじゃあない。なんかね、言葉でちゃんと残ってたのよ。」「言葉で?うーん。なんだろう??」それから、全部の結果を片っ端からみてくれた。すると、「あった!レコレコ!」日付は2005年1月11日。記述は《両腎に軽度の集積を認める。化学療法の影響?》「これなにー??食生活で何か気をつけなければならないのかな?」腎臓は過去の検診でも軽くひっかかったことがあるので気になるところだ。

盛り上がる私を前に、T医師はクールにしたり顔。「ああ、これね。よくあるのよ。放射性同位元素を腕から体内に入れるでしょ、身体の中をぐるぐる周って、最後に膀胱から排出されるんだけど、、、」よくみると、確かに、注射の痕と膀胱が白く(黒く?)写っている。

「、、、膀胱の前に腎臓を通るわけよ。だから、他と比べると、そこが多少濃く、白く写っちゃうわけよ。」「ほえ?」「これは電子カルテになる前だから画像がついていないけど、年末にやった検査、、、2005年12月のデータ。。。ほら、これにはもう写っていないでしょ?大丈夫よ。」気が抜けた。しかし、さらに食い下がる。

「ってことは、その回は腎臓が疲れてたってこと?機能が低下していたってこと?」「うーん、これ6回目の抗がん剤よね。あんまり排尿がうまくいかなかったとか、機能低下が少しあったんだろうけど。。。でも、まあ、問題ないわよ。大丈夫よ。」

あとは、昨夕から発熱したことを告げ、念のため抗生物質をげとー。

「次回はどうする?」「来てもしゃべるだけかもしれないけど良い?最後だもんね先生。そうだ、ゲノム治験の結果がでてるわ。相談させて。」「うん。いいわよ。」

とりあえず、一安心。しっかし、抗がん剤なんてーものは、つくづく劇薬なんだなーと思ったわけよ。最近、お酒に弱くなったのも、きっとこのせいだわ。

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2006年2月19日 (日)

庭で見つけた小さな春①

梅が咲きました。例年と比べてかなり遅い。秋に仕込んだクロッカスも爆発寸前。寒い寒いと言っても、季節は確実に春へ近づRIMG1054 いているのですね。RIMG1052

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今日のキャンベル湖

一昨日あたりから、夜になると「ゲロゲーロ」が地面から出てきて大合唱しています。地面の中はもう春。RIMG1050

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2006年2月18日 (土)

素敵な出会い

CIMG0113 午前中はサタサポ。T谷さんが地元名物のドラ焼きを持ってきてくれて、これが旨いのなんの!外側ふっくら、あんことの間の層はしっとり、私はうっとり。食欲に負けて半分食べたところで我に返り、“そうだ!ブログ魂!”あわてて撮影。

サポート会の様子を某メディアの人が取材に。サバイバーとして、私を紹介するとのこと。話を聞けば、癌医療に関する特集を考えていて、現在その企画、視点を模索しているとのこと。たくさんの癌患者、癌医療関係者の意見を聞きたいということだったので、それならばと、昼食会へお誘いした。

私は視聴者の多いマスメディアにでるときは、自分の意見100%に癌患者全体の意見を30%加えて話すよう心がけている。この30%の意見は、癌友との対話からひろいだす。

長い間癌と共存している人、初発の人、若い人、高齢の人、皆、それぞれの人生の中で培ってきた人間としての“観”から、自分の病気と向き合い、考えてきた人ばかりだ。私は、こういう人間の思考経験というか、消化してきたその人なりの答えというものに、教えられ、支えられいる。一つ一つ違っていて、光っていて、、、“人間って凄い!”と素直に感動する。健康な人にも伝えたいと思う。だから、なるべく多くの癌患者が“語る”機会を提供したい。

癌患者は皆、考えているのですよ。

CIMG0116午後は、NEW癌の薬剤療法(化学療法・ホルモン療法、術前・術後、転移後)勉強会へ参加するために青山へ移動。

化学療法に関してはもう終わってしまったことだから、今さら言っても仕方がない。転移後の薬剤療法の内容については、勉強になった。それからホルモン療法。ゾラ注2年と5年のエビデンスの差については、臨床試験の結果がないとのこと。これにはがっかりした。理論上は効果があると思われる組み合わせが、エビデンスは劣っていたり・・・。癌治療の「不確実性」をみせつけられた感あり。ただ、治療方法はいろいろとありそうだ。

2時間30分の勉強会の後、懇親会へ。実は、1昨年のNスペ・スタジオで一緒だった人と、挨拶がてら意見を聞きたかったのだ。1人で参加だったけど、「まあ、行ってから知り合いをつくればいいや」と軽い気持ちで出席。

CIMG0121 La Porte 青山でチョコを買っていたら遅くなってしまい、ギリで懇親会の会場入り。たまたま空いていた席につき、隣の人としばし歓談。そういえばメーリングリストで「羽田に13時に着くので、少し遅れるが参加してよいか?」というレスがあったことを思い出した。「ひょっとして・・・?」と聞けばビンゴ!彼女がその人だった。不思議な縁。

彼女は腰椎に転移がわかり、その治療方法、タイミングについて、セミナー会場で質問をしていた。ああいう場で手を上げて質問をすること自体、ものすごく勇気のいることだと思う。病気と真正面から向き合うその姿に共感を覚えていた。(彼女が質問をしている間、私の隣に座っていたばばー、、、ご夫人は友人としゃべりっ放し!人の痛みを理解できないジコチュー患者ってサイテー!)

身体の痛みだけではなく、心にも大きな痛みを感じていたはず。同病者との顔を合わせての話ができる環境。癌、転移を、普通の病気として話ができる環境。辛いときに辛いと言える環境があるのと無いのとでは、気の持ちようが大きく違うはず。大きな瞳から涙をポロポロと流す彼女の姿、心をみて、思いっきり抱きしめたくなった。

世の中には、再発・転移をしても、そこから立ちあがって、豊かな人間性を身につけている人がたくさんいる。ネット上にはたくさんの仲間がいる。どんどん仲間を増やして欲しい。仲間をつくって欲しい。今、生きているということは唯一の事実。決してひとりではないのです。

もしこのブログをみてくれたら、苦しいときは思い返して欲しい。

《Cancer Survivorship》

「Cancer Survivorship」は、1986年に米国のNCCSが、新しい癌生存の概念として打ち出したもので、

「長期生存を意味するだけのものではなく、癌という疾患や治療効果の有無ということを越えて癌と診断された時から人生の最期まで癌生存者であり続ける」

医学的見地から5年生存率や治療効果を評価した生存期間を重視するものではなく、発病し、癌と診断された時からその生を全うするまでの過程を、いかにその人らしく生き抜いたかを重視した思想です。
高い生命の質の確保、家族を含めた地域支援、偏見のない社会、癌研究と教育の普及などを視野に入れています。
厳しい病に侵され、社会的な偏見にさらされてきた癌患者が、人権やQOLを問い、癌と共存し、意味ある人生を生き抜くという能動的な姿勢がそこにあります。

生きることに全力を尽くそうね!

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訃報

大学時代の友人が17日の朝亡くなったとの知らせが飛び込んできた。

卒業後は地元に帰り、ばりばりと仕事をしていた。体の調子でも悪かったのか?事故なのか?自分がバタバタしていてここ数年会えなかったのが残念。洋服や小物のセンスが良く、お洒落だったK君。学生時代のまま時間が止まっています。心からご冥福をお祈りします。合掌。享年39歳。

《後日談》

彼のブログを見ました。博多のクラブで回してたみたいです。車の中で自分の命を絶ったとのこと。残される人のこと、考えて欲しかったです。

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2006年2月17日 (金)

美少女★図鑑①

入院中、お世話になった看護師さん図鑑。転院して、もうお世話になることも少ないと思うので、記憶が無くならないうちに整理しておきたい。ただし、親父の閲覧お断り。

2007020912まず、私のイチ押し看護師・なるちゃん。彼女とは歳も近く、話があった。最終クールの初夜、トイレで嘔吐したとき、ナースステーションから真っ先に駆けつけて来てくれたのも彼女。自称ゲーマー。

夜勤明けにすし屋へ通う強者。患者と看護師という関係じゃなければ、絶対、友人になっていたと思う。ありがとう。身体に気をつけてね。

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2006年2月16日 (木)

本日外来日

T田病院へ行くのも2回目。癌友N田ちゃんと。

N田ちゃん、昨日、念のために予約確認の電話を病院へ入れたところ、あっさり「ご予約は入っておりません」と冷たくあしらわれ大激怒!「絶対に今日、診察しろよ!」の戦闘モードで来院。受付もびっくりの7:30病院着!(←いやー、あたしゃそろそろ家でようとしてた時間だよ)「だって、怒りと不安で眠れなかったんだもん!」わかるね。ったく、癌患者に余計な気苦労かけさせないで欲しいよ。

診察は、パソコン入力にだいぶ慣れてきたのか、スムーズ。①ゾラ注、②触診、③べしゃり、の流れ。O病院時代は、①触診、②べしゃり、③ゾラ注、だったので、少し手順に変更あり。ゾラ注の後は、血がとまるまでしばらく横になっていなきゃならない(5分~)ので、この間に世間話。

「泳いでんの?」「うん。最近は1回3000mぐらいやってるよ」「3000m!!すげーな、皆の励みになるよなーそういうのって。1年でトライアスロンやってるってさー。」「先生、ちげーよ、競泳だよ競泳。アスロンとは分類ちやうでー。」これ何回言ってもわかってくれないんだよね。競泳=トライアスロンだと思ってる。ま、もういいや。

その後、本日、緩和治療科のN先生と会う約束をしている旨を伝えた。新入りのはかちゃんは、まだN先生のことを知らない。看護師さんが「N先生、よく知ってますよ!」はかちゃんに説明してくれた。「なんで知ってるの?」「園芸療法&患者会つながりなんです。」

さすがのはかちゃんも、この運命的な出会いにはあんぐり。「すげーな、それ。」「でしょ?先生が愛妻弁当食べてる情報も入ってますから。今度、声をかけてみてください。素敵な先生ですよ。」「あ?弁当情報まで入っているのか?N先生ね。」

血が止まったので、洋服を着ながら先生に「・・・が集積?抗がん剤による影響と思われるとかいう表記が電カルにあったよ?あれ、何?どこのこと?」と聞いた。先生曰く、「その画面情報をきちんと見ないとなんとも言えないけれど、問題にしなければならないような出来事だったら、俺、言ってるはずだよ。」確かに。ザッツライト。でも、不安なんだよねー。

腎臓とか肝臓だったら、「SOL(腫瑠)」って表記されるらしい。「集積」という表記は骨シンチで使われているもの。N田ちゃんは「自分で不安だったら、納得いくまで確認すべし!」との意見。2月20日、T外来へ行って、確かめることに決めた。Tちゃん、前回、別れの挨拶をしたのに、こんなにすぐ再会できるとはね。カルテの全コピー申請しようかなー。

診察完了後、薬をもらいにN田ちゃんと移動。ノルバは90日分でていたけど、ボナロンが28日分しか出ていなくて、ズリコケ!あーあ、はかちゃん、やっぱりまだ操作慣れしてないのね。あんなに、「全部3ヶ月分で良いよな」って言ってたのに。。。

薬をもらった後、N田ちゃんとコーヒー。風味が抜け切ったタリーズのコーヒーみたいな味。しょげげ。3月頭の温泉の話をして、ひとまず別れ、N先生の元へ。

受付のお姉ちゃんに呼び出しを頼んだ後、廊下でぼーっと立っていたら、後ろからいきなり「きゃんべるさん!」って声かけられてびっくら!N先生。私のことはWで写真を見て確認してきたらしい。「赤い顔してにんまり笑ってたわよー、すぐわかったわー。」あああ、クリスマス・パーティーのときのね?あたしってば、そんな写真ばっかりなのよね。。。だいたい酔っ払っているのよ。しらふな写真、少ないのよね。「すぐわかったー」なのね。。。

来年お願いしている講演会の打ち合わせ。私が考えている全体構成を簡単に説明した後、先生と意見交換。

この講演の中で特に私がこだわりたいことが二つある。一つ目は、切り替え式の日本型緩和ケアの現実と緩和ケアに対する誤解。癌患者を含め、世間一般の人が抱いている緩和ケアに対する悪印象をなんとか変えたいということ。緩和ケアの垣根を低くしたいということ。

そもそも、誰でもいつか死ぬんだから、年齢、病気の種類を問わず、全人的なスピリチュアルケアが必要だということ。かつ、疼痛を緩和するだけではなく、積極的な治療も緩和ケアの中に取り入れて欲しいということ。患者にとって治療は希望。希望への道は閉ざして欲しくない。これは、WHOガイドライン(2002年版)の理念にもあげられている内容だ。

WHOの緩和ケア理念はすばらしいことを言っていると思う。でも現実は、緩和ケアチームの整備すら進んでいない。そうした現実の医療制度・システムの中で翻弄されてしまう癌患者の存在・心のありかを知って欲しいということ。これが講演の中で伝えたい二つ目のこと。理想を追求するN先生にも忘れないで欲しい。何より、癌患者自身が1番の教師であるということを。

帰りがけ、ピッコロ購入。メルセデス300 SLR #704(1955)。RIMG1047 RIMG1049

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狙いのミニカー

これが私の狙っているミニカー。

  • 右:FordのGT40MkⅡ (No.2/1966 ル・マン ウィナー)で12万6千円也。
  • 左:FordのGT40MkⅣ(No.2/1967ルマンで16万8千円也。

右は1/10、左は1/12の迫力あるスケールモデル。全長43cm!!ディテールの再現度・質感の高さはEXTOならではの入魂もの。欲しいー!!誰かこうてくれー!!

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外来帰り★十字式

月1回のゾラ注の日は、お風呂禁止。当然、プールもダメ。おまけに、いつもだるだるだるめしあんになってしまうオレ様。

家に帰ったら爆睡するつもりで、ひとまず十字式へ。午後1番の気をたっぷり注入。

その後、近所のミニカーショップ「イケダ」へ。知る人ぞ知る老舗店。サービスカード・ダブル期間中!につられ、メルセデス購入。

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病院のレストラン

幟たってるけどさー、これ、病院のレストランなのよねー。はぁー(深いため息)。ある意味、G研より凄いと思う。

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2006年2月15日 (水)

確定申告

CIMG0112確定申告の時期ざんす。本格的に混みだす前に・・・と、出勤前の朝1番で税務署へ行ってきました。還付だけの人は、早めが肝心でおじゃるまる。8:30分台は相談室もガラガラ。

平成17年分の領収書。束ねてみると、いかによく病院通いをしていたかが良くわかる!なんてったって厚さ1cm!「ドサッ」って感じ。通院回数は全部で45回。うち入院が1回(8日間・化学療法の最終クール)。平均で月3.8回は外来へ通っていたことになる。あたしもまめだね。

因みに医療費の合計金額は620.140円!1回あたりの支払い金額が1番大きかったのは、1月に行った抗がん剤の最終クールで111.630円。このときは、抗がん剤代のほか、CTとかRIなどの検査費用まで入っていた。平均すると1ヶ月に約52000円もかかっていた計算になる。

しっかし62万円っていったらあーた、私がいつの日か手に入れたいと夢見ている1/6スケールのミニカーが買えるではないですか?ピッコロだったら177台も買えるじゃん!ホントっ、癌治療ってば金食い虫。もっといろいろな保険に入っときゃ良かったよ。10年間は入れないしなー。

b-0-4_1さらにさらに考えてみたら、注射と薬(タモと骨)だけでも月に25000円は確実にかかる。これに半年に1回の定期健診費用が加わる。それがこの先5年間続くってことは、、、ランチャ・デルタHF・インテグラーレ、買えるやんけ。くらくらしてきた。あたしってば、お金のかかる女なのね。

癌なんて病気は、働き盛りの年代を容赦なく襲う“難病”なんだから、もう少し治療に対して国の援助があっても良いと思う。扶養家族を抱えてたり、シングルだったら、もっと大変でしょ(うちも会計は夫婦別だけど、比じゃないよね)。対癌国家戦略、本気でやって欲しいね。厚労省の役人、企画書書いて予算ぶんどってこいやーって感じ。

RIMG1046先週買っためがーね。本日げとぉー。本当は泰八郎謹製のフレームを狙っていたのだが、いざ試着してみると、イマイチ似合わない。第2候補の小竹長兵衛の方が、フレーム端部のRのおさまりが良くて、しっくり。色もほどよい押し出しでGOOD。しばらくこれをご愛用。

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2006年2月14日 (火)

園芸療法★テラリウム

修了がせまった園芸療法研修会。テラリウムなるものを作りました。

前週、“20cm×20cm×20cm程度のクラフトが入る袋を持参せよ”とのおふれが出ていたので、ケーキ用の底の平たい袋を用意して行ったが、部屋に入ったとたんいきなりMっちーに、「予想以上にブツが大きいよ」と言われ、「へ?」。箱の中を覗くと、、、で、で、で、でかい!海に浮かんでいるガラス球かと思った!直径30cm近くはある。でかすぎやしねーか、コレ?

作業自体はハイドロドロドロカルチャーをハイドロドロドロボールに埋め込んでいくだけなので楽チン。いつも最後尾をひたはしる後席左の不良集団、何故かこういうのは得意。余裕の作業。2006021401 2006021402

抗がん剤が終わったばかりの昨年4月。体力的に自信が持てなかった私は、①1年間、②1時間以上も電車にのって、③1日勉強する、ってことが想像できなかった。でも気がつけば、残り3回。早いものだ。修了後は仕事の中で、そして10年経って元気でいられたら、この経験を同病者のために社会還元していきたいと思う。ラストスパートだべ。

■オリンピックで気になること:スピードスケートの堀井学選手。引退してもスキンヘッドなのは何故?

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2006年2月13日 (月)

秋冬野菜

ここのところ癌ネタが続いたので、気分転換に野菜ネタをひとつ。

RIMG1042 庭で育てている野菜(今はブロッコリー、メキャベツ、ホウレンソウ、コマツナ、サンチェ)。種をまく時期がいつもより遅かったので「どうかな?」と思っていたのですが、ここのところの陽気でぐんぐん生長。夕飯の材料として活用させていただきました。正真正銘の無農薬野菜!味が濃い!美味い!やめられまへんね。

RIMG1043ダイコンは日当たりが悪かったので、案の定、かなりこぶり。うち1本には足が生えていて笑えました。まさにダイコン足でんな。ニュースでもいろんな変わりダイコンを見たけど、来年は、この路線を狙っていこうかと思います。四足とかね。クラフトを育てる。どげね。

ジンチョウゲや梅の花芽もほころび始めて。寒い寒いと思っていても、季節は確実に春に向かっているんだわ。

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今日の虎

陽が長くなりました。虎ノ門の虎。吼えてます!060213154542.jpg

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2006年2月12日 (日)

抗がん剤★喪明けの笑顔

先日の強化合宿の風景写真が好評でしたので、連続企画!

これは抗がん剤の副作用が明けて、ゲームボーイに興じるオレ様。

携帯電話にこの二つの画像を登録し、連続再生をするとアニメーションのように動く。このときに出会った癌友とは、今も月1回の会合で会っている。つらいときを一緒に乗り越えられたのも、みんなのおかげ。ぺこりだぜ。にしても、病人にはみえないな。。。200602101DSC00349

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2006年2月11日 (土)

きゃんべる様★生誕の日

2月11日。建国記念日。それは私がこの世に生まれ出た日でございます。ぺこり。

癌友倶楽部活動日と重なったため、新年会+部活+誕生日 のビッグイベントとなった。祝日なので、なかなかコースで頼める店が少なく、いつも家族で利用している池袋のステーキハウス・Sへ。CIMG0096 CIMG0097

個人的には、転移NEW癌と対峙しているN藤さんに参加してもらい、闘病生活の中でも、何か楽しい思い出が作れると良いなーと思っていた。ところが、先月のマーカー値が思わしくなく、予定より1週間早い10日からの入院。倶楽部活動も不参加になってしまった。残念。

帰りがけに皆で寄ったが、今回は濃度と量を変えたため(300ml*2本、今までは500ml*2本10時間点滴)、副作用も小さく、なんとか乗り切れそうとのこと。胸に開けたカテーテルも無事に成功。最大限の効果が現れることを願っている。

今年最初の倶楽部活動だったので、話題は尽きなかったが、T病院の院内環境の悪さに話が及ぶと、全員「慣れるしかないね」と。とにかく、早く次の病院へ異動になることを祈るのみ。裏情報では、長くて2年という話もあるし。本局へ移送されることを心から祈りたい。

予約をしたレストランに行くと、「お誕生日おめでとうございます」と書かれたカードが置いてあり、「場所を予約しただけなのに、なんで今日が誕生日だって知ってるんだろう?」。

また食事の最中に私の名前が呼ばれ、ピアノ伴奏つきでバースデーソングまで流れちゃって。「おっかしいなー、いつからこんなサービスをはじめたんだ?」と思っていると、続いてバースデーケーキまで登場!この時点で、これまでの仕掛けが、みんな癌友の企みだったことが判明!!皆の心遣いがとっても嬉しかった。CIMG0104 20020211

病気が縁で本当にたくさんの人と出会うことができた。今、私は本当にたくさんの人に支えられて生きている。そのことを日々実感している。心から感謝をしたい。ありがとう。本当にありがとう。

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2006年2月 9日 (木)

入院中の洋服ってどうよ?

入院中のお洋服。私の場合、手術編と化学療法編の2つに分類することができます。

【手術編】

手術後は毎日傷口の消毒があるので、どてっ腹に開いたドレーンが抜けるまでは、原則、前開きがBEST。また、私の場合、術腕の可動域がかなり制限されていたので(万歳30度)、Tシャツの脱ぎ着は激痛がはしってできない状態。ということで、この時期はパジャマを着用していました。

ちょうど、夏のセール時期だったので、「うぉう、うぉう、うぉう、ラーイオーンズ、ラーイオーンズ、ラーイオーンズ」とか「西武なーついち」とか、能天気な歌を聴きながら、なるべく気分が明るくなる色・柄のもの、着心地が良さそうな生地・デザインのものを、3着購入。パジャマなんて買うの、本当に久しぶりだったわ。

【化学療法編】

季節は夏から秋へ。術腕のリハビリがんばっちゃおかげで、この頃にはTシャツも着られるようになっていた。ということで、“病人に見えないよう”体育会系合宿着、すなわち、スウェット+Tシャツスタイルへ路線変更。化学療法の副作用でホゲホゲになっていても、せめて身体だけはリラックスできるよう、なるべく普段の部屋着に近いスタイルをチョイス。

院内は暖房ががっしり入っていたし、お決まりの8号室(点滴部屋)は西日がモロにあたる日当たり良好部屋なので、昼間はTシャツでもOKベイビー!原則ロンテーとの重ね着とし、上に着るTシャツで遊ぶことに。

RIMG1039RIMG1040 よく着ていたのは「健康」と「もやし」Tシャツ。それから、カタッポ無くなっちゃったしってことで、BOYCOTのSMシャツなんかも着ていた。はかちゃんに触診してもらった後、「先生、ここも!」って。このギャグはあんまり受けなかったなー。

物見遊山的な見舞い客にとって私のようなおなごは、格好の餌。「お若いのに何のご病気なのかしら?」とか「あら癌?今、若い子にも多いのよー。不摂生してるから」とか、噂のネタにされるだけ。近寄らせない雰囲気づくりを心がけた。すれ違う見舞い客や患者がびっくりしていたのが笑えた。

1DSC00351下は、アリーナのジャージかチャンピオンのスウェット。だから、癌友数人と洗面所で歯磨きなんかしていると、本当に柔道部とか水泳部の合宿みたいな雰囲気で。やってる治療も、背負っている課題もキッツイんだけど、そんな雰囲気微塵も感じさせず、なんか笑えた。今思えば、こういう笑いがあったから、乗り切れたのかもしれないなー。

最後の写真は病室の私。消灯前の状態。この数分後、シャー事件がおきるわけで・・・。

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抗がん剤の脱毛ってどうよ②(きゃんべる編)

人生、記憶がある中で初めてのハゲ経験。それは1回目の抗がん剤投与後、13日目にやってきた。抗がん剤を6回やれば6回だけ抜けるわけで、、、2005年の1月末がラストハゲだった。

ひと通り抜けた後、ウィッグにしようか帽子でいこうか、かなり悩んだ。薬の蓄積効果が比較的少ない1~3回目までは、週1回程度、必要に応じて出勤していた。となると、ふつーならズラ購入となるところズラが、幸い我が社は変わり者ぞろい。ちょんまげ、金髪、モヒカンなんでもばっち来い!の会社。たった半年間のためにお金をかけるぐらいなら、オレ様的にはミニカーへまわしたい。被りモンも得意中の得意だし。ということで、ビーニーで押し通すことにした。(でもyannさんみたいに、ヤフオクで買うという手もあったのね。普段と違う髪形が楽しめる唯一のチャンスだっただけに、惜しいことをしたとも思う。)

RIMG1036 最初に脱毛したのが9月半ば。屋外はだいぶ涼しくなってきたが、病院内はパジャマ気温だから結構暑い。頭寒足熱って言葉があるぐらいだし、頭は少し冷やし気味の方がよいってもの。かつ、どうせ入院するなら、明るい気持ちでいきたい。そこで、私が目をつけたのが、赤ちゃん用のキャップ。メーカーはブーフーウー

パイル地でできているので、被り心地は最高。おまけに笑いもとれるときたもんだ。

RIMG1037カエルのキャップが1番気に入っていたのだが、癌友にはヒヨコが1番好評。朝起きたときに向きが毎回違ってて、それをみて今日の運勢を占っていたそうな。

あとはBuffもかなり役に立った。これは今も活躍している。ちょっと首元が涼しいときや顔が寒いときにも利用できる。デザインもグー。

当時購入したものは今もしっかりご愛用。なんだか思い出の品といった感じ。

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2006年2月 8日 (水)

私の値段7195万円也

yannさん見習って、遅まきながら値段鑑定にチャレンジ!もとサイトはひらくな!ポンキッキーズにて。

で、判定結果は・・・カリスマ美容師級。。。なんてまぁ中途半端な。。。カラカラさんと一緒よーん。ってか、yannさんって凄くないかい?どうすりゃ総理大臣級なんていくのさ?!

笑ったのは「心」の判定。C判定ね。 ↓

やや冷たい人です。雨の日には平気で人の傘を奪っていくような、人の気持ちを考えない行動がときにあるようです。きゃんべるさんが表面上優しくあればあるほどに泣く人が多そうです

20070208当たってるかもしれない。。。いや、ビニ傘盗んだことはないけどな。アクエリアスのAB型は「冷徹なしと」だかんな。細木的にいうと「木星人(-)」なのだが、これも冷徹と言われている。冷徹ね。。。クールと言って欲しいね。クール・ブーテーよ。しっかし、みんな人徳◎なのに、あたしゃCかい。ちなみに総合評価は↓

きゃんべるさんがもっている最も高い財産は「境遇」です。これはあなたが現時点で恵まれてることを示しますが、決して未来が約束されたものではありません。ただ才能の値段にやや難があるものの、運の値段が高いのでこの状況を維持することはできるでしょう。小さな幸せの積み重ねこそ最良の選択ではないでしょうか

境遇と運かよー。それって他力本願寺だよなー。しかも小さな幸せの積み重ねかよー。めんどっちー。

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2006年2月 7日 (火)

死生学・癒しの庭

某園芸学校のA先生の講義。テーマは死生学・ターミナルケア。

うちは親が尊厳死協会に入っていたり、白菊会(医学用の献体・うちの親は骨まで献体)に申し込んでいたりしたので、病気になる前から死生学には興味があり、代表的な作品は読んでいた。それなりに自分の死生観、心構えはできていたつもりだった。でも、実際に、リアルに「死」という現実に直面したとき、そういった「観念的」なものは、何も救いにならなかった。消し飛んだ。

手術した日の夜。モルヒネの副作用で“天井が落ちてくる・身体が溶けてベッドに沈みこんでいく”という幻覚をみた。周りには誰もいなくて、夜の闇だけがそこにはあって。そのとき、初めて“死ぬのが怖い、死にたくない!”って思った。自分の中に、こんなに生への欲求があることに初めて気がついた。身体を動かそうとしても、あちこちから管が出ているし、痛みがはしって、寝返りすら手伝ってもらわないと出来なかった。あの日の夜におきた出来事は、一生忘れない。それまでの価値観、死生観を全てひっくり返すほどの衝撃だった。

「楽になるなら」と、宗教へ救いを求めた。なんだかんだ言っても癌は死に結びつく病気。しかも不確実性がつきまとう。少しでも気が紛れるならと、宗派を問わず、むさぼりつくように本を読んだ。でも既存の死生学に書いてあることは、健康な人が考えた理想論ばかり。観念的にはわかっても、何の支えにもならなかった。信じることは生きる自分への妥協としか思えなかった。

20070207 そんなとき、1冊の本と出会った。「死を見つめる心(著:岸本英夫)」。岸本氏は宗教学者。敬虔なクリスチャンの家庭で育った人だ。その冒頭部分に「わが生死観」という題名で以下のような記述があった。因みに、この論文が彼の遺稿。

「生死観を語るには二つの立場がある。第一の立場は生死観を語るにあたって、自分自身にとっての問題はしばらく別として、人間一般の死の問題について考えようとする立場である。

しかし、もっと切実な緊迫したもう一つの立場がある。それは自分自身の心が、生命飢餓状態におかれている場合の生死観である。腹の底から突き上げてくるような生命に対する執着や、心臓をまで凍らせてしまうかと思われる死の脅威におびやかされて、いてもたってもいられない状態におかれた場合の生死観である。

この第二の立場には、第一の立場には含まれなかったもう一つのはげしい要素を加えている。それは人間が健康で生命に対する自信に満ちて、平安に日々の生活を営んでいる場合には、まったく、思いもがけない要素である。この要素を加えると、人間の生死観は、何か質的にも別個のものになったかと思われるほど、第一の観念的な立場とは、異なってくる。

明日も、あさっても、そしていつまでも生きてゆくことができると考えている人の心は生命に満ち足りている。生命に対して飢餓は感じていない。それゆえ、そのような人は、観念的には、死の問題を考えても、生命飢餓状態におけるようなはげしい生命欲にさいなまされてはいないのである。

この直接的なはげしい死の脅威の攻勢に対して、抵抗するための力になるようなものがありはしないかということである。それに役立たないような考え方や観念の組み立ては、すべて、無用の長物である。」

彼が言いたいことは、つまり、「生に立脚した死生学は観念的でいざっちゅーときに全く役に立たん。生に立脚した死生学ではなく、死に立脚した死生学が必要なのだ。」そして、その先の論で、「死から生をみることで、はじめて“生”が浮かび上がってくるんだ。本気さが違うぜ!」と言っている。生命の飢餓状態にある私には、この考え方がとっても心に響いた。「今、私は生きていることが最大の事実。だから、今を一生懸命生ることに全力を尽くそう!」そう思えるようになった。期限付きの命になってみて初めて、自分の中に、こんなにも生への欲求があったことを知った私にとっては、うんちくばかりの宗教なんかより、ずっとずっと救いになった。経験した者にはわかる逆転の発想。

ところが、先生にこの考え方をぶつけてみたら、「幸いにも私たちは健康なんだから、死から生をみるなんてこと、しないでも良い」との答え。はああ?そうかぁ???ゴメンヨー、運が悪くて。イスからズリ落ちそうになった。逃げんなよー、と言いたかった。

癒しの庭の説明にもズリコケ。自分が某病院で造った庭をモデルに説明。「泣くためのベンチ」とか「癒しのゲート」とか、通販でも滅多にお目にかからない、わけわからん癒し施設がてんこもり。なんで泣くための施設がいるとですか?人は泣きたいときに泣くもんじゃなかとですか?告知を庭でする?CTやRIのデータはどこでみるのですか?どれもこれも頭でっかちな理想論ばかり。だいたいあのオエオエ生活で庭へ出られる時間なんてあるのだろうか?白血球下がっているのに。植物の匂いだって不安。水やり?ゲロやり?

「診察を何時間待っても、この庭があれば気にならない」とか「この庭があるから母を看取ろうと思った」そんな意見が多く寄せられています。と自慢話。そうか~?医療の本質ってもっと別のところにあるんじゃないか?何時間も待っている患者の心理を考えたことあるの?

「この病院には美容院もあるんですよ」、「へええーいいわねー」。あふぉかクソボケ!院内の美容院、なんのためにあるのか知っているの?開頭手術のために剃髪しなきゃならないんだよ?化学療法の脱毛に備えて剃髪するんだよ?長期入院して、みんな絶望的な気持ちで髪の毛を切りにいくんだよ?娑婆の美容院と一緒にすんな!あほ!

彼女が言っていることは、はかちゃんの転院で、医療の質、医師の質(人間性)、環境の質を天秤にかけたばかりの私には、非現実的な理想論としか思えなかった。そりゃきれいな庭があったら理想だろうけれど、それを上回るもの(医師の人間性とか)があれば、それを優先せざるを得ないだろう。医療の質にしても同じだ。不安定な癌患者のロココを支えてくれるのは、究極、そういう人の力だ。

しかもよくよく考えてみたら、テーマは「ターミナルケア」。おいおい、ターミナルの状況、わかってんのあんた?モルヒネで意識とばしてんだよ?疼痛で動けないんだよ?みんなギリギリのところで、ふんばって、生との真剣勝負をしているんだよ?だいたい、あの治療の状況の中で、植物になんか目がいかないよ!植物に癒されるのは、自分がそれを求める心になったとき。押し付けられても心は開かないんだよ。心が開いていないときは、花をみても物にしか見えないだよ。病院にも花はあったけど、キツイとき、私は何も感じなかった。それどころじゃなかったんだと思う。それが現実。

退院して、散歩がてら近くの六義園へ行ったとき。ツバキの枝に雀が飛んできてとまったのをみて「ああ、人の一生なんてこんなもんかもしれない」って思えた。心が求めなければ、何も響かない。癒しの押し付けはあかんのですよ。

でもそういう頭でっかちな話に、皆が納得していたことが、何より1番悲しかった。友人に「今日の授業、面白かったね」って言われた。「面白い?」何が面白いのか私にはわからなかった。ただただ悲しかった。

結局、患者と健常者の間にある温度差って埋まらないのかな?と痛感しちゃった1日でした。ま、気持ち切り替えて。なんてったって大きな大きな人生経験をしたんだから。しっかし、本当にあったまにくる話だった。

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今日のキャンベル湖

朝、雪が降った。CIMG0093

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2006年2月 6日 (月)

整形外科へ

CIMG0087 首・肩の痛みが酷いので、念のため、整形外科で骨融解チェック。

X線写真を4カットも撮られ、超緊張。先生もだまったままCT、RIなどのデータと比較している。顔は超真剣。その様子をみて「うーん、マジとんだかな?」と思ったら胃に穴が開きそうになった。どんな些細なことでも、みんな原発と結びつけてかんがえなきゃいけないのが、この病気の暗黒の部分だと思う。ダークサイドね。検査ストレスも馬鹿にならない。

CIMG0092「骨融解はないね。ただ、首ヘルニアの影響が、肩にもでてきているんだろうなー。身体のバランスが崩れているんだよ。」実は、先生も首ヘルニア。「つらいけど、共存していくしかないんだよねー」といいつつ、ロキソンニンと胃薬、湿布薬をたっぷり処方してくれた。

しっかし、整形外科って、結局最後まで治せないような気がする。。。

【おまけ】

整形外科の先生が電カルの画面をパラパラみていたとき、驚愕の文字を発見!「・・・の数値に異常を認める。抗がん剤の影響によると思われる。」なんだろうーなー?ってか、聞いてねーよー。腎臓か肝臓か?今度、はかちゃんに聞こうっ!

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2006年2月 5日 (日)

今日のボラ

本日じじばばボラの日。フェルトを使って干支の犬を作った。腹の中にはハーブ(ラベンダー)を仕込み、寝床にもおけるよう。名前をつけてもらったら愛着度UP。「○○ちゃーん」と話しかけてて、本気なのか冗談なのか、微妙で笑えた。

活動後の評価会をしていたら、たまたま病気話に。お世話になりっぱなしのI橋さんがNEW癌と卵巣脳腫を患っていたことが判明。驚いた私もカミングアウト。話が大いに盛り上がったため、そのまま素敵なランチへ突入。場所はいつもの笹塚イタリアン。

私が食べたのは本日のグラタンランチ。チーズがたっぷり入りすぎていて、ボリューム満点。後半ちょいと食い詰まり。しっかし、意外なところに同病者がいて、本当に驚いた。癌をのりこえて活躍している人をみると、勇気づけられますね。

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2006年2月 4日 (土)

眼鏡が壊れた!

RIMG1033 長年、嘘、たまに愛用していた眼鏡が壊れた。それも、よりによって、ど真ん中から折れた!アンビリーバボー!捨てようかどうしようか悩んだ挙句、丁度ツルのところを持つと「どれどれ?」になるので、何か役に立つこともあるかと思い、捨てずにメガネ塚へ放り込んだ。

んで、早速午後からポーカーフェイスへ新しい眼鏡を買いに行った。自称、眼鏡マニアなので、代えはいろいろあるんだけれど、こういうのって勢いが肝心でしょ。やっぱ即買いしなきゃね。

中央線の呪縛から逃げられなかった頃は、だいたい吉祥寺の白山眼鏡店で買っていた。ポーカーフェイスで買うのは2回目。狙いは、本セルロイドフレーム、ノー芯タイプ!やっぱ親父は笑瓶系よね。

出来上がりは1週間から10日後。今から楽しみ! 

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今日のキャンベル湖

CIMG0086 清い心を持つ人しか見ることができないという幻のキャンベル湖。。。本日より新しいカテゴリー追加です。因みに凍ってました。

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2006年2月 3日 (金)

鬼は外★福は絶対内!

RIMG1031 2月3日といえば節分。そして、私がタモキシフェンを飲み始めた記念すべき日でもある。身体の中にある鬼を外へ追い出すために!なんちて!

先週、研修会の代表から素敵なプレゼントを頂いてしまった。麻布十番にある豆源(本店)の「福枡」+鬼のお面セット。代表じたい、課題をバンバンだすおっかない女性。枡の中にも鬼おこしがはいっててびっくり!本人がでてきたかと思って全身凍りついたよ。こえー!!

家の辺りは高齢化が進んでいるので、子どもがあまりいない。餅つき大会だって大人が大人のためにやってるようなもんだし。節分といっても、静かなもの。

私は、結構、迷信とか気にしちゃうタイプ(病気をしてからなおのこと)。恥ずかしいとか、大人気ないとか、そういうことはかなぐり捨てて、、、「鬼はぁー外だよー!福はうちに入っといでー!」と大きな声で連呼。ご近所中に声が響き渡ってた。「きゃんべるさん、とうとう気がふれたのね」と思われないか、ちょっぴし不安。鬼はぁ外だー!文句あっかー!

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2006年2月 2日 (木)

がん患者大集合

がん患者大集合(第2回)というイベントが、3月19日(土)東京NHKホールで開催される。1回目のイベントは、中心人物である三浦捷一さん(故人)の地元大阪で昨年行われた。実を言うと、私も事前にNHKからお誘いを頂いたのだが、どうも自分が志向する患者像とは違う気がして、お断りしたことがある。大阪まで行くのも面倒だったし。だいたい「がん患者大集合」って名前も直球勝負すぎやしないかい?

ホームページをみると、1ヶ月前だというのに、ゲストも議題も詳しくは決まっていない模様。昨年は抗がん剤未承認薬の話ばかりに議論が集中したのでは?と批判されてもいる。

三浦さんの本(がん戦記)を読むと、裏では政治家なども絡んでいるらしい(そうしないと物事が動かないことはわかるが)。今年は、JWもあけぼの会も手を引いている。どんなイベントなのか大体想像もつくが、傍観者となって批判するのも格好が悪いので、今年は見学しに行こうと思う。

なんか、この学生運動っぽいノリが肌に合わないのよね。。。昨年、NHKスペサルの収録に参加したときも思ったけど、患者は皆“エイエイオー!をしなきゃいけない”的なノリがね。。。もうちょっとクールにできないのかなぁ?って。んま、自身、何もしていなから文句言えましぇんが。

昨年、JW温泉旅行へ行ったとき古参会員のMさんからこんな話を聞きました。

「日本で一年間に癌と診断される人は50万人。一方、一年に生まれてくる人の数は100万人。癌がありふれた病気だということは、単純計算でもわかりますよね。2人に1人がかかるありふれた病気なのに、告知されたときはショックだった。でも、よくよく考えたら、病名を聞いて“ショックを受ける”という、そうした状況こそ異常なのではないかと思った。これだけ国民的な病気なのだから、義務教育の中に、がんについて学ぶ時間をとっても良いのではないかと思います。」 

日本では、癌=死という印象が強く、何故か、癌の話をしたり、死を語ることがタブー視されている。私も「お若いのにかわいそうねー」って自分の人生、もう終わったかのようなセリフを何度も聞かされた。ふざけんな!って感じ。

ひとりの癌患者として、少しでもこうした癌の悪いイメージや垣根が低くなることを願っている。そう考えてみると、“エイエイオー!”の他にもできることって、たくさんあるんじゃないのかな?私はそれをやっていこうと思う。「アクティブな(能動的・主体的に活動する)患者」として。

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2006年2月 1日 (水)

抗がん剤の脱毛ってどうよ(きゃんべる編)

抗がん剤を投与するともれなくついてくる“脱毛”。みなさんは抜けましたか?私はそりゃもう見事に抜けましたでございますのよ。

抗がん剤の投与から10日後。なんとな-く頭皮が痛痒くて。“痒いんだけど、地肌は痛い”といった状態。そして、忘れもしない13日目の夜、ネットワーフィンをしながら何気なく「あんで、こんなにあったま痒いんだぁ?」と掻くと、髪の毛が指の間にまとわりついてきた。「ん?あれ、抜け毛の量が多いぞ?ひょっとして、、、」少し強めに引っ張ってみるとありまごっそり!

キタ━━━━(*∀*)━━━━!!!!ニューイオンコート!!!

そう思いましたね。で、あまりにも面白いように抜けるので、いやー本当に面白がって一か八か、どこまで抜けるか試してみたのだ。新聞紙を引いて。マジモード。本当に驚きました。まさにアウシュビッツ写真集状態。1時間後には抜け毛の山ができました。

新聞紙の上は髪の毛でいっぱいなんですが、鏡でみると、まだ全体的にすこーし薄くなったかな?といった状態。翌日、再チャレンジすると、前日と同じぐらいの量が抜けた。結局、3日間でほとんどの毛が抜け落ちたのであったとさ。

全体が均一に抜けてくれれば良いのだが、“まだら抜け”するから格好が悪い(←格好もくそもないだろってか?)。私の場合、、、1回目の脱毛は左半分を中心に、2回目の脱毛で右半分、3回目で後頭部という順で抜けた。

はじめは、「せっかくの機会だから普段できない髪形にしよう!」と、剃り込んで模様を入れてもらおうと目論んでいた。渦巻き模様とか(ラムズのマークみたいに)。頭回すと皆の目が回るみたいなギャグを狙ってた(受けることしか考えていないヘタレ患者)。ところが看護師さんから「剃髪すると短い毛が肌を刺したり(ちくちくね)、目に入って危険よ」、というアドバイスをもらい、断念。結局、自然にまかせることに。

最後まで残っていたのが、もみ上げと生え際部分。んだもんで、帽子を被っていれば、ゲーハーとは気づかれない。

B0006ZP89脱毛した自分の姿をみて何かに似ていると思った。和泉しげる→アラーキー→はだしのゲン。最終的には、ロードオブザリングのスメアゴル。 イトシイシトってか?

脱毛は覚悟していた副作用だったので、実際に抜けたときは、ショックというより、「あああー、私ってば抗がん剤、入れちゃったのねー」と感慨ひとしおだった。

やがて冬になり、頭から風邪を引くという事実を確認。寝るときもキャップが手放せなくなった。もうハゲ親父のこと、馬鹿にしないわ!と心に誓ったのでした。

対策編についてはまた次の機会へ。

  

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