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2006年3月 3日 (金)

仕事のこと《その3》

BC時代からお世話になっているS師匠から、折りよくメールが入った。「夕方、T庁に所要で来ている。会えないか?」とのこと。ラッキー。悩んでいる仕事のことを相談すべく、夕方から出撃!いや、突撃した!アムロ、行きマース!

S師匠は“お役人”なのだが、「こころざし」があるというか、、、企画をつぶす系の役人っていっぱいいるけど、企画を引き上げ・発展させる系の役人というのは本当に少ない。S師匠は、後者の役人。6-7年前に仕事でご一緒させてもらって以来、かわいがってもらっている。私にとって、恩師というべき人。

私から仕事の相談をすることなんて、あまり無かったから、すごく驚き、心配してくれたんだと思う。酒の力に後押しされて、自分の身体のこと、仕事との兼ね合いのこと、勤務形態のこと、これからのこと、、、いろいろ一方的に話をしてしまった。

色んなお話をきくにつれ、ひょっとして今、自分の足場を固めたり、幅を広げる転機を迎えているのかもしれないと実感した。

コンサルタントって要は御用聞きだから、与えられた仕事を処理することは長けている。そしてそれを広げていくことも得意。それはそれで楽しいが、自分の生涯・生命をかけてなすべきものなのか?それを問うてみたい。人に喜ばれる仕事ではあるが、自分はそこで何をなすべきなのか?

岸本英夫氏の著書「死をみつめる心」の中に仕事のことが書いてあった。

「富とか地位とか名誉とかいう社会的条件は、たしかに幸福をつくりだしている要素ではあります。そうした外側の要素だけにたよりきった心持でいると、その幸福は、やぶれやすいのであります。今まで輝かしくみえたものが、急に光を失って、色あせたものになってしまいます。お金では、命は、買えない。社会的な地位は、死後の問題に、答えてはくれないのであります。」

「生き甲斐とは・・・私は、はじめは、それは、がむしゃらに、はげしく働くことだと思っていました。しかし、生き甲斐ということが、必ずしも、がむしゃらに働くことだけではないのではないか、と考えるようになってきたのであります。生き甲斐というのはむしろ一つの目標をもって、その目標に心を打ち込んで、一筋にすすんでゆくことの中にあるのだ、ということに気がついたのです。自分の命のすべてをあげて、ささげつくしたときに、人間はもっとも強い生き甲斐を感じて、本当に幸福なのだということであります。もっとも大切なものは、命なのでありますが、その大切な命をすてるようなことができるようになったその時に、私は、自分の命の、もっとも強い生き甲斐を感じ、私はもっとも幸福である、ということであります。」

「仕事というのは、めいめいの人間が、自分にあたえられているものは、これだ、と考えるような意味での仕事であります。私は仕事という言葉を、そういう意味に使いたいと思います。」

「仕事というものがもっている、人間的な意味を見失わないでいることができれば、人間は、それにむかって、自分を打ち込んでゆくことができます。そして、本当に打ち込んでゆけば、そこに生き甲斐がでてきます。その、仕事にささげつくしたことから生ずる力強い生き甲斐は、死に直面した場合においてすら、強い力を示すものであります。きわめて身近にある自分の仕事の中に、意味を発見して、それに打ち込んでゆくことに、人生の本当の幸福がある、ということであります。」

私の仕事の意味は何なのか、この際、しっかり見つめ直したいと思う。のほほんさん、気づかせてくれてありがとう!

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コメント

私も、その本を読んでみようと思います。
自分の「仕事」は何だろう?あらためて、よく考えてみなくちゃ。

投稿: yue少納言 | 2006年3月 4日 (土) 09時17分

まだ、初めの方で読み進んでいませんがこの本に出会えて良かったと思ってます。
こちらこそ、ありがとうございます!

投稿: のほほん | 2006年3月 5日 (日) 00時10分

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