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2006年7月 6日 (木)

始まりから2年

Asagao12 7月6日・・・私ががんと診断された日でやんす。

病院の作法すら知らない当時の私。「この先生に切られるのは嫌」と(←いやさ、白衣の着こなし方がルーズで嫌だったのよねー)、先の予約もしないまま、いきなり「転院」宣言。持っていて恥ずかしくなるようなネーム入りのでかい袋(しかも黄色!)に、細胞針の結果、マンモ&エコー画像を入れて、相方とふたり、がっくり肩をおとして駅まで歩いた記憶が残っています。

ちょうど入谷の朝顔市が開かれていて、楽しそうに植木鉢をぶらさげて歩いている人をたくさん見かけました。現実のような現実ではないような、夢であってほしいような、複雑な心境で朝顔の花をみたことを思い出します。あの薄紫色の花をみると、いつもあの日を思い出します。

「転院」宣言、今から思えば、本当に無謀!実際、家に帰ってすぐO病院へ電話をすると「はかちゃんの予約は8月半ばまでうまっています」と予約係りのねーたまに言われ、思わず「えええええ~↑」。病院なんて、すぐ予約ができると思ってました。あはは。素人まるだし。

私のあまりの動転ぶりに驚いた電話のねーたまが「明後日8日にキャンセル枠がありますから、そこでまず先生とお話になってみますか?」と言ってくれなかったら、私はそのまま行き先の無い、宙ぶらりん状態になっていたと思います。

もし、あのときキャンセル枠がなかったら、もし、電話のねーたまが気をきかしてくれなかったら、、、

考え始めると、「あああ~、この病気の出会いって運命的だわー」と思わざるを得ません。

二日後の8日にはかちゃんと巡りあいました。1時間まって診察室へ呼ばれ、一番最初に言われたこと。

「今、君、ものすごいストレスを感じているでしょう」という一言。

ちょうど父親もがんで入院していたのでドンピシャビンゴ。この一言で、なんか吹っ切れました。きっとはかちゃんはそんなこと言ったの、忘れているでしょうが。

「こういう大切な話を10分や20分じゃできない。家も近そうだから、午後、もう一度病院へ来ないか?」という説明。「はいはい、来ます、来ます。」

午後、改めて出向くと、約2時間のレクチャー。レポート用紙4枚。

字が汚すぎて、今では判読できないけれど、とっても嬉しかったことを思い出します。「ああ、この先生でダメならもういいや。看取ってもらおう。」気が楽になって「うし、まだ治る可能性があるんじゃん、ほんなら頑張ろう」と前向きな気持ちにさせてくれた。

あれから2年。この2年間の密度の濃さ!自分でも驚いています。そして、本当にたくさんの人と出会うことができました。

病気になったことに感謝はしないけど(ならなきゃならないほーがマシ)、がんで結ばれたこの不思議な縁には心底感謝したいと思います。

ありがとう。末永くよろしこ!

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コメント

おはようございます!きゃんべるさん。

HANAも告知の日から、人生180度ひっくり返ったことを、昨日の事のように、覚えています。


確かに、病気になんてなってほしくなかったけれど、これがきっかけで沢山の友達ができたことを、HANAもとてもうれしく思っています。

ステキな先生に出会われたのですね。。
とっても頼りがいがありそうです。。

これから先も、沢山のいい出会いがあることを、願ってやみません。。

そうそう~~~~。
きゃんべるさん!
勝手にリンクさせていただきますぅ。。
o(〃^▽^〃)oあははっ♪ よろぴこ!

投稿: HANA | 2006年7月 6日 (木) 09時21分

ホントに・・最近の私はブログに救われてますぅ~m( _ _ )m

28才で癌になった10数年前には知識も無かったし、なにより自宅にPC無かったですもん。
若いおねいサンだった当時は、「3ステージですネ・・若いから進行も早いので覚悟してください」(◎◎;)
ズバリ告知された診療室で子供の様に大泣きしましたネ~(TT)

結局は数年間で、両乳房・脇下リンパごと根こそぎ無くなっちゃって・・。
薬漬けで・・。再発・転移が怖くて・・。女としてコンプレックスで・・。
「生きている事の方が辛いっ!」と思い続けた10数年、ウツも発症して自殺未遂数回・・。
ですが・・ 命を大切にする為にはウツの根源を絶つべく、乳房再建に踏み切り前向き中♪

なのに★なぜ今日は湿っぽいかと言うと・・
胃の調子が悪いここ数日・・昨日「王監督が~」
胃潰瘍持ちの私は、本日病院に行って来ます!


投稿: ひめ | 2006年7月 6日 (木) 09時36分

きゃんべる。さん、おはようございます。

先日の定期外来時の質疑応答の最中、イケメン君が「どうせ、ボクは若くて未熟です。知らないことも多いし…」とちょっとプクリンとなった(目は笑っていたので大丈夫!)。
帰宅後、早速、イケメン君にメール。「私は先生と先生がもっている高度な専門的知識=科学の力を信じている」「経験年数の長さによってヒトを見ることは絶対にしない。私がみているのは、知らないことをちゃんと勉強するか、誠実かどうか、人を見下さないか、それだけ」「だから、乳癌のことも勉強して、ちゃんと英語で論文を投稿してね」と書いてみました。珍しく即座に返信あり。「一生かけて、頑張って勉強していきます」という折り目正しい文面が効能・大!の薬になりました。
例のマーカー上昇に関連した検査がまだまだ続くけれど、イケメン君との、ブログで知り合ったみなさまとの、まぬけなはむ夫との、そして、ネコらとの日々を徹底的に笑い、徹底的に怒り、悲しみ、楽しむ私自身をちゃんとモニタリングしつつ生きていきたい。

投稿: はむうし | 2006年7月 6日 (木) 10時07分

>この病気の出会いって運命的だわーと思わざるを得ません。
>がんで結ばれたこの不思議な縁
私・・・美輪明宏ファンでもなんでもないんですけど、「オーラの泉」って番組が好きでよく見るんですよ。霊感とか全くないし、そういうのもすべて信じるわけでもないんですけど、あの番組の中での話しに「なるほどなぁ」と思うんです。
例えば、印象的だった話なんですが・・・
「この世で1回でも会ったことのある人は(たとえすれちがっただけでも)、前世で500万回(500回だったかも・・・アイマイでごめんなさい)は会ってるんです。それだけご縁のある方だから、この世でも(たとえそれが1回きりだったとしても)会えるもんなんですよ」
この話を聞いたとき、自分のまわりの人に感謝の気持ちでいっぱいになりました。「ご縁がある」ってすごいことなんだなぁーって。
病気とのご縁は遠慮したいところですが、病気から得たものもたくさんあるはず・・・
ってことで(どーいうことで?)・・・・
みんなで幸せになりましょー!!おーっ!!

投稿: こうめ | 2006年7月 6日 (木) 11時49分

がんに自分がなるなんて、あるとしても10年は先だと思ってたんですけどね・・・。
でも、病気になってから、ネット上にお友達がたくさんできました!
自分が不治の病だなんて悔しくて仕方ないけど、悪いことだけでもないな~と思っています。

投稿: yue少納言 | 2006年7月 6日 (木) 14時24分

もう2年ですかー。
早いなぁ。
私も歳とるわけだよ。

ここに本日書かれた記録のように、医師とのきちんとした関係性が築ける人は、あまたの患者の中ではごく一握りにすぎないということを、これからも忘れずにいてほしいと思っています。

投稿: yann | 2006年7月 6日 (木) 15時21分

きゃんべるさん、乳がん2年目、
無事に迎えられてよかったですね☆
私も、あっという間に、2,4,6年目です。

あさがおに、そんな思い出があるんですね。
きっと、来年も5年後も10年後も
きれいなあさがお見れますよ♪
わたしも、ほとんど手は掛けてませんが
あさがおをキレイに咲かせられるよう
毎日念でも送ってみます!(笑)

投稿: なおなお | 2006年7月 6日 (木) 15時26分

来年もまたこうして記事にできることを祈っていますよ。
そしてこの縁にいつも感謝しています。

投稿: rider | 2006年7月 6日 (木) 16時37分

いい先生ですね。
こんな先生がいて、よかった。
私は、はじめ知らない人に命を預けるのに、違和感があり、悩みました。このストレスでビョーキなるーって思ったもの。
でも先生との関係築いて行くうちに、人を信頼する心地よさがわかり、今度は依存しないよう、自分を保ち、、。
先生って、父的なものを感じませんか?
先生とずっとラブラブでいてくださいね。
じぃじとも、相方さんとも、仲間たちともずっとラブラブでいてください。

投稿: antimony | 2006年7月 6日 (木) 17時13分

ガンに感謝は決してしないけれど、
ガンをきっかけとして多種多様のすばらしい方々と出会えたことは、私にとって大きな財産だと思っています。(この頃、ようやくそう思えるようになりました)
本当に縁とは不思議なものですね。

投稿: オレンジ・みかん | 2006年7月 6日 (木) 19時10分

>HANAさんへ
まさか30代でがんと診断されるとは、思ってもいませんでしたから。
この日、心で見た風景は一生忘れないだろうなー。山手線や看板をみただけで、きゅーんときますわい。うちもリンクりますぜ!よろしこ!

>ひめさんへ
王監督、ひとつ嫌なのは、「手術をしなければならない腫瘍」という表現。そして、大量のフラッシュ。あれって、社会のがんに対する意識の象徴だと思っています。TVみていて、とても嫌な気分になりました。

>はむうしさんへ
素敵!イケメン+ロココ+向上心と探究心がある!
医師としての人間性、究極、そこでつながっているのでしょうね。
メールのやりとりまではないなー。羨ましいなー。

>こうめさんへ
そうじゃー、みんなで幸せになるんじゃー。
ワシの友人が変な夢をみたと。前世の夢らしいのだが、今のがん友たちが全員違う名前・顔ででてきたそうな(でも、○○ちゃんだってわかるんだって)。んで、次の時代にもめぐり合えるように、「胸に共通の印をつけておこう」って。
共通の印=術ソウ? 面白い夢だなーと思いました。

>yue少納言さんへ
確定診断がでて、知人から励ましメールをたくさんもらいました。今でも時々あけてみてます。
人間の「芯」の部分がみえる、みてしまう病だなーとつくづく思います。

>yannさんへ
医師と患者の関係。患者と病院の関係。確かにいろいろありますよね。ヒドイ話も聞きます。余計なことに巻き込まれて被害を受けるのも患者。
当事者主体の医療であってほしいと思います。

>なおなおさんへ
大丈夫よ、なおなおさん。アサガオは手間がかからんですとよ!(笑)
アサガオみると、な~んかるーるーるーな気持ちになるきゃんべる。なのでした。
これからもずーーーっとそうなんだろうな。

>riderさんへ
長い長い時間の中で、こうしてriderさんと出会えたことに感謝しています。
ものすごい奇跡ですよね。同じ時代、同じときを生きて、こうして知り合えるって。
本当に宝物だと思っています。

>antimonyさんへ
ふふふ、antimonyさんともラブラブよん!
医者と出会うのも縁。病気と出会うのも縁。縁だらけだわ~。

>オレンジ・みかんさんへ
私も病気をしてたくさんのことと出会い、たくさんのことに気がつきました。
大きな財産だし、アイデンティティのひとつだと思っちょります!

投稿: きゃんべる | 2006年7月 6日 (木) 22時46分

丸二年。。。いろんなことがあったね。
16/7/8と言えば手術を明朝に控えてやたら忙しかったような・・・・・そんな時にきゃんべる。さんは袴ちゃんと深刻に話していたのね。
私も「納得できるまで話すから時間は気にしなくても良いよ」と言われて「この先生になら任せられる」思えたのよ。
癌は悲しいけれど引き換えに友人という財産がイッパイ増えました。
きゃんべる。さん、これからも温か~いメッセージ待ってます。

投稿: メリー | 2006年7月 6日 (木) 22時53分

いい先生ですね!
私の主治医は聞かないと答えてはくれませんし、ましてや乳がん以外のことで声をかけてくれることないのでそこが物足りないし、わたしって重症?とかおもってしまいます。
私は藤の花を見たらきゅんっとなります。
入院した日、何もすることがなくて病院の横の公園に行ったら見事な藤棚があって。
お昼過ぎだったので子供連れのママ達がいっぱいで。
いいなーーー、普通に過ごしたかったな。。。
って悲しくて。。。
それと八方の家の前を通ったのでテレビで見かけるとまた思い出します。。。

投稿: merry | 2006年7月 6日 (木) 23時00分

きゃんべる。さんこんばんは。
私はみなさんとちょっと違う、血液のガンですが、この病気になっていろんな事を考えさせられました。
昨年の今頃、まさか25歳でこの病気になって子供を作る事を諦めさせられ、お腹には大きな傷、薬漬けになり頭は坊主…。
時々、外泊許可が出て家に帰っても近所の人から変な目で見られる始末。
イヤでイヤで仕方なかった日々。
きゃんべる。さんのブログを見ていろいろ思い出しちゃった。

投稿: ゆうたん | 2006年7月 6日 (木) 23時42分

朝顔にそういう思い出があるとは・・・
ひとごとながら今度から朝顔を見る目が違ってきそう。
ブログを始めて、若い人が多いのにびっくりし、そして「なんでこんな過酷な運命があるんだろう」と怒り、みんなより歳を重ねた私は長く生きている分申し訳ないような気も。
でも、こうやって歳を忘れてお仲間にしていただき、いろんなことをたくさん教えていただいて、それからいっぱい爆笑させてもらえる、そういう「えにし」に私も感謝です。
こちらこそ、ありがとう!末永くよろしこ!デス!

投稿: のほほん | 2006年7月 6日 (木) 23時51分

きゃんべるサン!
私も王監督のTV嫌でした~
ちなみに・・
私の初乳癌当時★「♪人生いろいろ~」
の芸能人の方が「乳癌で一部切りました」
って・・涙涙の会見の時も・・
「フンだ!私はリンパも根こそぎ取ったのに」
って・・捻くれた気持ちで見ていて泣きましたぁ~。

入院当時も、乳腺外科病棟なのに「おねえチャン若いのに何の病気?」
って、年配の方に次々と聞かれるストレス・・。
2度目の乳癌の時は個室を取りました~。

その頃は【癌】という言葉に敏感過ぎたのかもしれないですネ・・。
初乳癌★当時に皆さんに知り合えてたら・・
と、つくづく思います。

投稿: ひめ | 2006年7月 7日 (金) 00時02分

1年ぐらい先輩(ホントは病気の先輩後輩なんて間柄はイヤですが)のきゃんべる。さんをはじめみなさまの言葉や文章は、私にとってとっても大きなクスリなんですよー^^ もちろん、今までいろいろと大変だったし今も大変なのは分かりますが、まず「今を生きていること」それだけで励みになるんです。

いつも温かいメッセージありがとうございます。実は、きゃんべる。さんとyue少納言さんが同時にリンクしていただいた日から、私のブログへの訪問者がどーんと増えたのであります。すごい影響力!

何度でも、「この日」を迎えることができますように☆

投稿: れひ | 2006年7月 7日 (金) 00時26分

7月スタートでしたか...。その頃はまだ私は何も気づかずのほほんと癌細胞育ててました。
実は、ここに来たきっかけは「癌々行こうぜ」100の質問だったような記憶がありますが、その存在に気づいたのは時々覗きに行っていた別の乳癌キャリアの方のブログでの100の質問回答。何とその方は7/7(翌日!)に告知されてましたよ。なんか不思議な感じです。...

これからもみんなで仲良く夏を迎えましょう!

投稿: みかげ | 2006年7月 7日 (金) 01時23分

きゃんべる。さん、朝顔市ですか。。
その賑やかな感じと自分の置かれた状況が悲しいほどに対極にある感じが辛いですね・・
でもなんかドラマみたいだわ~!

この2年間でめぐり合った人たちによってきゃんべる。さんが乗り越えられたように、私も頑張って生きたい。
まだスタートしたばかりで悩みの多い私ですが、前向きに頑張っている姿、追っかけてますのでよろしくです♪

投稿: ミームラ | 2006年7月 7日 (金) 08時15分

私は去年の7月に、ガンの治療が終了しました。
まさに最後の抗がん剤の点滴が終わり、退院する日が
自分の誕生日だったのです。
治療の日じゃなくて、退院の日っていうのが、なんだか生まれ変わったみたいでしょ?
そして、めでたく泌尿器が終わったのも7月。
7月って、いろんな意味で節目な月になりました。

投稿: がんこ | 2006年7月 7日 (金) 08時30分

きゃんべるさん、最近彼氏もいなくて食べ物しかネタがないんです~ヽ( ´ー`)ノ
きゃんべるさんの青いアサガオいいですね~
小学生のころ植えたの思い出してしまいました。
でも、本当に綺麗な水色ですねヾ(○゜▽゜○)

投稿: yu-tan | 2006年7月 7日 (金) 09時25分

>メリーさんへ
悲しい、哀しいこともいっぱいあったけど、這い上がってきた皆に乾杯!
「人間、一番辛いときにその人の真実がでる。そこからが勝負なのよ」ってあるベテラン看護師さんに言われたことを思い出します。

>merryさんへ
よく「風景が違ってみえる」というけど、その通りだなーと思います。音とかも覚えていませんか?
私、結構おぼえていますよ。山手線の走る音とか、車内の風景とか。私がどういう気持ちで電車にのっているか、皆しらないんだろうなーと考えながら。

>ゆうたんさんへ
なんか、あのときのシチュエーションって鮮明に覚えているのですよね。それだけ衝撃的だったのでしょうね。
部位は違っても気持ちはひとつですよ。一緒に生きていきましょうね。

>のほほんさんへ
歳の差なんて関係ないっすよ。気持ちはひとつ!
ケアマネ取得にむかって頑張るのほほんさんの姿がどれだけ励みになったことか!ありがとう!

>ひめさんへ
紆余曲折あっても、今、こうして巡りあえたのだから、お互い一生懸命生きていきましょうね~。
私も、「お若いのに」っていう言葉が大嫌いでしたね。こんちくしょーって思いましたよ。突っ張ってたんですよね、きっと。

>れひさんへ
健康なときは、全部ひとりで決めて、ひとりで生きていけると思ってましたね。
こんなにたくさんの人に支えられて、、、。
逆の立場になったときには、倍返ししたいですね。

>みかげさんへ
入院中に知り合ったがん友の術日などを聞くと、ああ、そのころ私は知らずに育てていたのね~と考えること多いですよね。
もう少し早くわかったら、とか考えましたけど、そのときにはきっと、出会った友達も違っているんだろうなー。

>ミームラさんへ
そうなのよ。だって、市よ!市!世の中お祭りモードだったわけよ。
入院グッズを買いに行ったときは、夏のバーゲン中。これまた賑やかだったわ。

>がんこさんへ
うんうん、生まれ変わりですよね。
私は手術入院の退院は終戦記念日。
がんと終戦したかったのですが、その後、化学療法がはじまり、ベトコン状態に~。

>yu-tanさんへ
男より犬よ!犬のカレシを作りなはれ。
ええで~。

投稿: きゃんべる。 | 2006年7月 7日 (金) 13時32分

きゃんべる。さんのように医師と信頼関係を築ける人って本当はほとんどいないんじゃないかな
ほんと ラッキーでしたよね

これからも仲良くしてね 

投稿: hhitomii | 2006年7月 7日 (金) 21時33分

2年かぁ 良好に過ごせてヨカッタ *
「オメデトウ&オツカレサン」

私は1年半だわ。
先が長~く感じたけど、もう月日はこんなに経ってるんだよね。
このままササ~ッと40年行きたいところだわ~。

投稿: パト | 2006年7月 8日 (土) 01時10分


この先生でダメならもういいや。

   わかるよ! 同じだ!
 命預ける出会いができてよかったよね。

投稿: ムク | 2006年7月 8日 (土) 11時59分

>hhitomiiさんへ
こちらこそ、末永くよろしくお願いしますぜ。
はじめて会った先生だけど、私の性格とは合ったみたい。でも今の病院とはあわない。とっとと転院して欲しいと思う日々です。

>パトさんへ
化学療法受けなかったがん友たちが、ゾラ注終了しはじめて、あー2年なんだーと感慨ひとしお。
2年なんてずっとずっと先だと思っていたけど。

>ムクさんへ
命預ける出会い・・・まさにその通りだなー。
そう思うしかないっす、この病気は。
グラグラするたんびに、励まされてますわい。

投稿: きゃんべる。 | 2006年7月 8日 (土) 17時55分

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