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2009年1月

2009年1月25日 (日)

のの→広島

本日はののちゃん外来。出張で15時広島集合だったので、新幹線に乗る前の時間を利用して診察。

母が亡くなったことなど、またしても自分の話よりは母の話が中心になってしまった。
次回は骨粗しょう症のチェックもしなくっちゃ。

広島では、hspの友人に案内してもらい、牡蠣フェスタとなりました。
1年分の牡蠣を食べた気がします。ワインがあうし!

仕事自体は22日~24日の午前まで。午後、広島へ行ったときには必ず立ち寄ることにしているドームへ。私にとっては、今年初の雪。
オバマ=さんにも、是非、この地に行って欲しいです。(もう行ったことあるんかな~)

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2009年1月21日 (水)

献体の話

母は献体登録をしていました。献体というのは、医学生の解剖標本のことです。
白菊会という会がやっています。

告別式のあと、通常なら火葬場へ行くと思いますが、登録した大学病院の解剖学研究室から迎いがきて、出棺します。そして、3年間冷凍保存されます。今頃、たぶん、カキコキン。マンモスみたいです。
とても不思議なのは、、、

  • 火葬は3年後→でも、その間も四十九日や1周忌などの法事は行われていきます。でも、骨も何もないのです。
  • 3年間冷凍保存→何回か出し入れをして細かく解剖していくのか、いっぺんに出して行うのか、全く不明。
  • 3年後、どういう姿でみせてくれるのか?(顔とか見られるのかしら???)

そして、遺族として思ったこと、、、

  • 事務連絡が煩雑→埋葬許可証など3年間保管しなければなりません。家族みんなでコピーを一通づつ持つことにしました。
  • 連絡手間も多し→遺体の引き取りや3年後のための手続きが、一番精神的に辛いときにいっぺんに多すぎ。遺族に任せるのではなく、受け入れ側も動いて欲しい。
  • 遺族の思いも受け止めるべし→通常、出棺の際は、花を入れたり、故人が愛用していたものを入れると思いますが、一切不可。せめて花ぐらい入れさせて欲しいと頼みこんだ結果、花束のみ、もしくは、遺体にシーツを被せた上での献花ならよし(要はドバッと花が棄てられればよい)。
  • 遺体の保管→ドライアイスの入れ方にも注文が入ります。直接あててはダメとかなんとか。
  • 3年後にまた悲しみがやってくる→家族自体が高齢化しているので、今のメンバーでできるとは限りません。

特に、遺族の想い。これを無視した手続きには

これでは献体は広がらない

と思いました。

母の願いだったので私たちも、生前、同意書にサインをしましたが、実際に亡くなり、葬儀を行う際には、気持ちが少し変わっていました。

ちょっとこれってどうよ・・・

と思ってしまいました。
もし、このブログを呼んでいる医療関係者の方がいたら、是非、再考して欲しいと思います。
人間、頭で理解をできても、生死に関わることは、やはり感情が優先されます。告別式は残された者の<想い>を整理する場なのですから。
その儀式が思い通りにできないというのは、???です。

棺の中に入れたものは、みんな3年後にかえってくるとのことなんですが、宗教上いれなければならなかった足袋や傘、杖、白装束など、返却されても困るしな=。

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2009年1月19日 (月)

夫婦外来

母が私を護ってくれました。

本日、満4周年の夫婦外来を無事に通過しました。

今回は本当に精神的にも体力的にも、サイアク状態でした。
術部の痛みも気になり、また、新しくなったCT&RIマシーンの挙動不審な動きにも神経ピリピリでした。
また、1診1番の座をゲトーしたにもかかわらず、診察開始時間から15分たってもお呼び出しなし。
不安は絶頂に達しましたが、、、

  • マーカー値:正常範囲内
  • RI・CT:問題なし
  • エコー:相変わらずの腫れはあるが問題なし

リュープリンの3ヶ月続行を確認をし、診察終了となりました。

母が14日に亡くなったこと。その原因がよく理解できないこと。などを伝えると、はかちゃんも目ん玉まん丸にして驚いていました。
入院中、何回もあっていたので印象に残っていたようです。

はかちゃん曰く、タール便がでたということは、心臓自体というより内臓的にもどこかに不調をきたしていた可能性があることなど、私の経過説明以上に、詳しく解説してくれました。

また、義母も 直腸がんと診断され、来月の上旬に内視鏡での切除手術を行うことを告げると、術式やその後の対応などを説明してくれました。相方も安心したようです。
全部の説明を終えた後、

本当に大変だったなぁ

と、やんわり慰めてくれました。

尊厳死協会に入り、日本の医療のためにと献体をした母。
医療を拒否し、自分の体の限界と延命を一切拒否した母。
本当に母らしく逝ったと思います。

最期に交わした会話は、<洋一さんは?(相方の名前)>でした。
いつも自分のことは後回し。
今頃、大空で愛犬スウィートと仲良く散歩をしていることでしょう。

産んでくれてありがとう。
育ててくれてありがとう。
護ってくれてありがとう。

骨も何も無いけれど、心の中でいつも問いかけます。

有難う。

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2009年1月18日 (日)

母の旅立ち

14日、22時に母が旅立ちました。
本当にたくさんの人におせわになりました。ありがとうございます。

14日20時40分。帰宅途中の電車の中で、ふと携帯電話をみると、みたことのない番号の着信履歴が残っていました。<ひょっとして>と思いましたが、もう自宅は目の前。
そのまま一旦帰宅をし、父と病院へ電話をしました。

  • タール便がでている
  • 2日前に輸血をした、この血も混じっている
  • 血圧が急激に低下をしている

との説明を看護師さんから受けている間に父が病院へ到着。<すぐ行くから>と伝え、相方、姉に電話をすると、偶然にもみな帰宅間際。
10日に行ったとき、既に意識が混濁していたので覚悟はしていました。また<タール便がでている>との言葉に覚悟を決めた私は、念のため、喪服を持参し、着の身着のまま車を出ました。

3人で爆走をしていると、父から電話があり。

<今、息を引き取った>

最期のときには間に合いませんでした。

病院へつくと、酸素マスクなどは全てとりはずされ、息をしていない母の身体が横たわっていました。12月からずっと意識朦朧の状態でしたので、本当に声をかければ目を覚ましそうな安らかな寝顔でした。

看護師さんも<夕方まではいつもの状態だったが、20時すぎから急変した>と。

私が罹患をしたとき「私の命と引き換えに、娘の命を助けて」と神社に祈願した母です。
小さかったときの様々な思い出が甦っては涙がでてきます。

今回の入院を通じて感じた疑問点。たくさんあります。それはまた後日まとめたいと思います。

母が大好きだった、自宅の屋上からみえる富士山。
もう一度、見せたかった。

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2009年1月 9日 (金)

全身検査は疲れます

本日は、丸1日、検査漬けでした。最近、ちょっと自覚症状があるだけに心配なところです。

まず最初に骨シンチの注射。これは採血と分けてもらったおかげで、無事に一発注入成功!次回も、採血とはわけてもらおう。
ただ、看護師さんからは「この血管も硬くなっている」と言われました。まぁ、穴の開けすぎが原因でしょう。

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次にCT。今回はプレーンで実施。何度やっても嫌ですが、造影剤のムカムカがないだけまだまし。

そして、その後、トラウマのエコー。
これが、ものすごく混んでいて、1時間ぐらい待たされたでしょうか?
しかも、1度終わったあと、対側のリンパ節・わき腹のあたりを再チェック。
むむむ、何?なんかある?

「終了」の言葉と同時に、体を拭きながら頸部リンパ節の腫れの話をしたら、

「みてみましょう!」

また横になって頸部をぐりぐり。「いっぱい腫れているでしょ?」と言うと、「ええ、本当にたくさんありますね。」
「で、これが風邪とか関係なく、腫れたり引っ込んだりするんですよ。原因不明の奇病。リンパ腫ではないみたい。両側にお米の粒がばらついていますよ。」
「あれ、もう右側は無くなってますね。本当ですね。なんだろう・・・?」
「でっしょ!」

まあ、今は耳鼻咽喉科へ行くこと自体が恐ろしい時期なので、ほとぼり冷めたら、また頭頸部科のえんぴつ先生に診てもらうことにしよう。

ここで、ようやく朝・昼ごはん。骨シンチまで2時間半もファミレスで時間つぶし。ノーパソ開けて仕事してたらあっという間でした。やばい、やばい。

直前にトイレへ寄って窓口についた瞬間、名前を呼ばれました。ラッキ!

中へ入ると、な~んと

機械が新しくなっている!!

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そう、もう縛られ地蔵ではありません。幅が広いです。手が落ちません!
「新しくなったんですね~」と言うと、「そうなんです。その代わり2台が1台に減ってしまったので、お待たせする時間が長くなってしまって・・・」。

いいわ、そんなん。どうせ1日仕事だと思っているし・・・。さぁよっこらせと台車に横たわり寝ていると、ぐぃ~~~~~~~ん。

ん?何この微妙な振動は!

そう、揺れるんです。眠れません。それどころか、車酔いをしたような嫌~な気分に。

「気分は大丈夫ですか?あと5分ぐらいですからね。」

で、薄目をあけてみたら、写真の上側についている拡大鏡みたいなものが目の前を通過中でした。
最新機種になった分、精度があがったようです。は~あdash

一昨日のののちゃん外来で、「明後日の検査。今から憂鬱。」と愚痴ると

「こればっかりは代わってあげられないからね~。仕方がないわよね~♪」

とばっさり切られましたが、やはり検査は疲れます。

は~dashdashdash

今日はため息ばかりがでます。

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2009年1月 7日 (水)

山口もだえ

もうっ、好きにして~shine

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今日から会社でした~。休みってどうしてこんなに短いのだろう。始まりは<長い!>と思うのに~。

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2009年1月 4日 (日)

お祈りしまくってます~

苦しいときの神頼み!天気も良かったので護国寺へ行ってきました。

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母はMARSアタックを受け、今日も高熱。あ~、体力を奪って欲しくない。
最近は、薬すら飲み込めなくなってしまっていて、下手をすると気道切開などということもありえるなと思っています。んが、それは、母らしい生き方ではない。

緩和ケアも考えないといけないかな~と思いはじめています。

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2009年1月 1日 (木)

あけましておめでとう!

あけまして、おめでとうございます!
本年もよろしゅうお願い申し上げます。

昨年も母に電話をし、今年は実家へ行くことを約束していたのに、なんでこんなことになっているのか。本当に、いのちの弱さと強さを同時に感じています。

で、恒例、今年の朝も、これから始まりました。ノルバ君たちです。

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そして、そのあと、混まないうちに<とげ抜き地蔵>へ磨きに行ってきました。

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今年は、頼みごとが多いので、少々奮発。年明け早々の私の全身検査、母のこと、家族のこと、たくさんお願いして、あちこち磨いてきました。

おみくじも、深夜は大行列ですが、朝はすっかすか!<吉>がでました。ついつい病気のところを読むと

<まだ全快じゃないから、きちんと養生すべし>とありました。う~ん、するどい!
来年からは大殺界へ突入していくし、今年のモットーは、

からだ様の言うことを聞く

にすることに決定です。

その後、帰宅してから朝昼食をかねて御節三昧。今年はほとんど買ったものばかりです。
爺次のご飯も特別に高級缶。
ちょうど相方と日本酒に手をつけ始めた頃、目の前にあるトイレスポットへスタスタと爺次がやってきて、●●こdogをポロリ。湯気が出ていました。
しかも、半分途中でこぼし、、、まあ、運が良いということでしょう。

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↑証拠写真。本人の足つき。

今年も波乱万丈。一年のスタートです。よろしくお願い申し上げます。

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