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2015年10月28日 (水)

希望を探して

何か手立てはないか?でも治療にかかわることだから、私から下手のことは言えない。ましてや彼女は製薬企業勤務だから治験なんぞは私より知っているはずだし…と色々考えながら、ある信頼できる先生を紹介しました。その先生は、以前も名古屋にいた友人のセカンドを受けてくれた先生です。FBのメッセージで連絡をとり、電話で話をしたところ、ちょうど、翌日の外来枠が空いているとのこと。

速攻で池ちゃんに電話をし、とにかく、たまったものを全て吐き出すために、先生のところへ行きなさいと告げました。

翌日、「先生のところにいってきました。とてもやさしい先生でした。とても深い話をしたので、いま、消化中です。ありがとう」とメールがきました。あああ、何か解決策があったのかな?と思って少し安心をしました。すると、偶然、翌日に彼女の主治医と仕事で会う機会があったので、何気なく、「友人が先生の患者にいます。どうぞ宜しくお願いします」と言ったところ、「ひょっとして…」と言われました。ビンゴでした。
そして、この時点で、現状がかなり厳しい状態であること、かなり厄介ながん細胞であること、キャンサーボードなどにもかけ、できる限り彼女の希望をかなえようと院側も最大限の努力をしていること。でも、現実としての難しさもある。

「治したいけど、治せない」医師としての苦悩を初めて遭遇しました。

先生から聞いた話は、私が彼女から聞いていた話とはまた違っていたので、きっと心配掛けさせたくないからと話を避けたのだと思いました。しんどい話こそ、言ってくれたらいいのにと心の中で思いつつ、それは本人にゆだねることとし、主治医とあったことはその後、一切伏せました。(まぁ、一番最後の外来に『遠い親戚』と称して診察室まで入りましたので、そこでバレましたが。私は、医師にも『ちゃんと池ちゃんのこと、私がサポートするよ…』というメッセージを送るつもりでの付き添いでした。)

そして、再度、もとにもどって治療を開始することになりました。一回目の治療が奏功し、呼吸は随分と楽になったと思います。隣にいて、あきらかに体調がよくなっているのがわかりました。この頃、オケ練にも顔をだしたと思います。

私はというと、たまたま翌週、主治医にお会いする機会があったので、御礼を伝えると、状態は一時的なものでしかないこと、でもできる限りの努力はすること。かなり深刻な状態であるが、彼女の病気を知る様々な方から「なんとかしてくれ」と言われ、先生もつらいということを話してくれました。そして、私は、「ぶっちゃけ、そんなに悪いのですか?」と聞くと、「もって半年」と言われました。

えええええええ?半年?

半年後に、池ちゃんがこの世から消えてしまう?え?なぜ?どうしてそんなに深刻なことになっているの?だって、この前、TNBCになりましたって連絡がきたばかり。進行が早すぎる・・・。
私はどうしても耐えられなくて、旦那の後輩でちょうど一緒に仕事をしていたCさんにだけ電話をして状況を伝えました。

「しらないことにして、出来る限りのことをしよう」

そう誓い合ったのでした。

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