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2015年10月28日 (水)

偶然が重なる

外来、一緒に付き添おうか?しんどい話をひとりで聞くの、更にしんどくない?と聞いたら、「外来は大丈夫。ただ、一緒にご飯を食べてくれる人を絶賛大募集中!」と言う返事。それならと思い、一日1食は一緒に食べようと、昼やら夜やら、「奥さん、今夜のおかずは?」攻撃を開始しました。

このときも、かなり咳がひどくなってきていて、リンコデ増量大作戦も決行していました。ちょうど私も夏風邪をこじらせてしまい、「咳はつらいねー、一回で4kcalぐらい消費するそうだから、エネルギーを入れないとだめだねー」と言いあっていました。

スケジュールを振り返ると、8月17、18、19、24、26日とお見舞いに行っているようです。少しでも栄養があるものをと、銀笹へラーメンと食べに行ったり、鰻屋さんへいったり、雨の日は最上階のレストランで刺身定食を食べたりと、、、
「何が食べたい?」と聞くと「なおみさんが食べたいもの」と、私にあわせてくれていたのかもしれません。でも、ほぼ完食をしていたので、良かったなーと思っています。

26日は中医協の傍聴をしたのですが、彼女が携わっていた薬品の薬価がきまるときだったので、こんな風に評価されているよーと資料を一緒にみたり。すると、本当に私のしらない細かいことまで丁寧に解説をしてくれて、あああ、やっぱり池ちゃん、仕事、好きなんだねと思った。





そのあとも出張などがない限りは自宅へ、犬の散歩と称して、遊びにいったり、群林堂の豆大福を一緒に食べたりとなんだか私の栄養状況のほうが改善されてしまうような気がします。

レジメンGの治療は一回だけ行いましたが、そのときの説明同意書がすごくて。。。「ごくまれに治療関連死がある」という文章が「ごくまれに」となっていました。そして、欄外にも、「治療関連死リスクが高い、@日に奏功していなければ中止」と書いてありました。
こんな同意書があるのだ!とびっくりすると同時に、彼女のなんとか手をうちたいという思い。そして、その希望に自分の責任をかけて応えてくれた主治医の覚悟に、私もただただ効くことを祈るしかありませんでした。

ある日、「池ちゃんは、最終的にはどこで自分の人生を終わらせたいと思っている?」と聞きました。「病院かなと思っている。」彼女自身がやがてくる「死」をどのようにとらえているのかを確認しておきたかった勇気の質問でした。「そうか、私もたぶん病院だな。爺(犬)がいる間はギリギリまで家に帰りたいと思うけど、やっぱり、ご飯のこととか、動けなくなったときに気を使わせるのは嫌だから」というと「うん、そうだね。」「自分が居づらさを感じてしまう気がしてね」と私が言うと「そうなのよー」と。

そして私たちは、次の一手をどうするのか?ということを一緒に考えるため、ある医師と連絡をとりました。「友人のセカンドを聞いてほしい」と。すると、即答で連絡があり、「いま、ちょうど夏休みだから、個人的にあうことは構わない。ただ、自分の病院だと休みにならなくなってしまうから、どこか外で会いましょう」と有難いお返事を頂きました。




これが9月8日。ちょうど午後から中央で診察があった日でした。中央のレストランで会うことにして、池ちゃんに話を伝えました。このまま治療を続行するのか、止めるのか。とても難しい選択です。ところが、朝、急にメッセージが入り。「S病院までこられる?」と。「夫に状況を話したら、僕が相談にのったほうがいいと。」 

涙がでました。そのまま速攻で池ちゃんに電話をし、「どうするか?」と聞くと、「ありがたい。行きます」と即答。一緒にタクシーに乗りました。行き先だけ変わりました。

タクシーの中で、病院のどこへ行ったらいいのかを尋ねたら、病室に・・・との返事。驚いて、何かあったのかと聞くと、ある病気で歩けない状態だけど、病室に来てくれれば大丈夫とのこと。「迷惑じゃないかな・・・」という池田を「いくべ!」とひっぱりました。

この出会いがその後を決める運命になりました。

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