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2015年11月 8日 (日)

ABC3 リスボン

ABCの話しを聞いたのは二年前。そのときから一度は行ってみたいなと思っていましたが、サンアントニオのために貯めていた旅費を吐き出して、リスボンで開催されたABCに参加をしました。11月5日~7日が会期なのですが、なにしろリスボンは直行便がなくて、遠い。前後の2日間は時差もあり、ほぼ移動に・・・。

学会の内容や印象ですが、一言で言って、これほど患者の声がきけた会議はなかったです。学会での患者参画は、どちらかというと「患者教育」の視点が大きいですが、このABCは、まさにuncurebleな状態をどうするかの議論になるので、クリニカル・ベネフィットと毒性、患者の価値観をどう調和させるか、プライオリティをどう定めるのか?を考えます。ASCOのように新しいエビデンスをだそうとするものではありません。
支持療法も患者がまさにこまっている課題ばかり。そこには、患者の生きる、そして困難に震える姿がありました。因みにABC1が脳転移と骨転移、ACP。二回目が胸水と心理支援、今年はfatigueと呼吸苦。これらのテーマは全て患者ボードと一緒になって考えられるそうです

転移性のがんは、決して治癒することがありません。私も術後から3年目に胸壁腫瘤でひっかかり、二度目の手術で切除をしています。あの頃の切望的な気持ちと死が初発よりも増して近づいて、確実になったという思いが複雑にまじりあい、恐怖におののきつつも、全ての身に起きた現実を受け止めるしかないと割り切りしかなかったことを思い出します。っていう意味では、今は骨の治療のみですが、プチMETAvivorです。生の飢餓状態に陥ってはじめて生への固執をすると、ある本を入院中によみ、あ、これだわ…っとおもいような。

セッションは、医療向けのセッションと、少し並行して患者向けのセッションとが微妙にまじりあいます。そして、セッションには患者自身も登壇をし、コンセンサスにも参加をします。

主催のカルドソ先生がお話しをされていましたが、このシンポジウムは決してエビデンスをはじき出すシンポジウムではありません。国内、国外のがん医療の課題を共有し、思考をさだめていくシンポジウムです。

そして、PFSとOS、発展途上国の課題、コスト、PROM、副作用、後遺症。そして、メタをしたまま長く生きることによる当事者と周囲とのGAP。これらの橋をかけるにはどうしたらいいのかを話し合っていきます。

最終日のコンセンサス会議が目玉なのですが、回答は100%に近いものがでてきますが、質問の意図や解釈、そして、そこからでてくるオプションなどについて議論を続けます。このプロセスがとても重要なのだと思いました。

ひとつだけ、カルドソ先生に聞いたこと。それは、『再発』を告白することの壁です。池ちゃんがシンドイ状態になるまでの1年間。親にも、兄弟にも、友達にも、何も言わないで閉じた。自分だけで全てを抱え込もうとしたことへの理由です。


これについては、カルドソ先生からも『本当の意味はわからないけれど、ABCのメンバーの中でも再発をしながら檀上にあがっている医師がいるとのこと。でも彼女は、その事実には絶対に触れてほしくないし、ふれたくない』と話しをしたそうです。
きっと池ちゃんもそんな思いでいたのだろうなと思います。


池ちゃんが旅立ち、形見分けを頂いた時計を一緒につれていきました。池ちゃんの時計はあのときに止まっていても、私と一緒にこれからも時を刻んでいきます。

それから、最後の三カ月、旦那よりも池ちゃんと濃い時間を過ごすことができました。人が人生の盛りのときに会うのも楽しいことですが、人生の最後の三カ月という時間をともにすごるという大切さも大きいと思いました。あの体験があったからこそ、ABCの本当の大切さと意味がわかったような気がします。

池ちゃん、ものすごい教えをありがとう。

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